きもの春秋19
  きもの一年

 一年の始まりは正月である。正月は正しい月と書く。従って正月は一月、すなわち睦月を指すのだろうけれども、一般的には一月一日、もしくは三箇日を指している。正月にきものを着てみたいと思う人は今日でも結構いるように思える。初詣でに行けば女性男性に限らず、きものを着ている人に出会う。男性の中には普段きものには縁が無いような、若者の最新の髪型をした人がきものを着て、ぎこちない歩き方で参拝する人に出会う。
「ああ、やはり彼らも日本人なんだ。」
と私はつい笑みを浮かべてしまう。
「正月ぐらいはきもので。」
と思っている人達がいる以上、まだまだきものは捨てた物ではないなと安心してしまう。
 しかし、昔に比べれば正月ときものの関係はずっと希薄になっている。昔は、正月は新しいきものを着て、という風習が一般的で、呉服屋は正月用のきものの仕立てに天手古舞だったそうである。大晦日ぎりぎり、除夜の鐘のなる寸前まで仕立物の納品と集金に駆け回ったという話もそれ程昔の話ではない。
 正月にはきものを着て、おせち料理を食べる、というのは日本のシーンの一コマとして絵になる風景である。しかし、最近は正月は特別な日という観念が薄くなってきたように思う。商店街では正月営業の是非が論議されている。昔は、正月を特別な日として厳かに迎えたような気がするのだが、最近は、ただの休日になってしまったようである。食事でも衣服でも、昔は特別なものでも今日では特別では無くなったと云うのは、世の中が豊かになった証左かもしれない。しかし、世の中が豊かになった分だけ、風情が無くなると云うのも寂しい話である。
 我々商売をしている者は、正月休みは元日の一日だけである。二日からは初売りで、仕事に精を出さなくてはならない。地方により初売りが三日からとか四日からと云う所も有るけれども、商売をしている者にとって正月は、一つの節目であっても、長い休日ではない。初売りと言えば、普段西洋化された商店街でも何故か日本的情緒が少しばかり戻ってくる。お囃子や琴の音が聞かれ、薦樽から桝酒が振舞われる。しかし、それでも商店街のきもの姿はめっきり減ってしまった。昔はデパートの初売りや、銀行の仕事初めには、若い女性の振袖姿を見ることができた。デパートの売り場や、銀行のフロアーは花が咲いたようになったものだった。その為に正月の美容院は、日本髪を結う若い人達で徹夜の騒ぎだったと聞く。しかし、最近の初売りでもデパートでは受付の女性位しか振袖姿が見られなくなってしまった。
 正月気分も抜けた一月十五日は成人の日である。何故一月十五日が成人の日かは知らないけれども私も二十年前の一月十五日に成人式に出席した。女性は大半が振袖姿だった。一時、 「成人式は普段着で。」 と云う訳の分からない呼びかけが有って、Gパン姿で成人式に出席する姿も見られた。私が京都にいた十数年前に兵庫県の郡部の呉服屋さんを訪ねた時の事である。
「この辺では振袖は売れないから。」
と、呉服店の主人の言。山形の一部の地方でも成人式は一月十五日ではなく、皆が帰省する盆にやる所が有る。その地方でも成人式を盆にやるのかと思い、
「成人式は夏にやるんですか。夏に振袖を着るのは辛いですからね」
と私は話を合わせたつもりで云ったのだが、そうではないと言う。成人式は一月にやるのだけれど、町の方針で成人式で振袖を着てはならない事になっていると言う。何故そんな事をしているのかと聞くと、
「(振袖を)持っていない人が可哀想だからでしょう。」
と店主はあきらめ顔で言っていた。これでは益々きものはすたれると思ったけれども人の考えは色々である。しかし、最近でも若い人は結構振袖を着ている。貸衣装が多くなっていると言われているけれども、貸衣装であれ何であれ若い女性がきものを着たいと思う気持ちが有るのは幸いである。
 しかし、成人式の振袖姿を見ていると、きものを着慣れない人達が目立つ。歩く姿が不自然に感じられるのである。宇宙飛行士が月面を歩いているようにぎこちないのである。振袖はきものの中では最も着にくいきものである。加えて値段も高価である事は否めない。女性が初めて着るきものが着にくく高価であっては、益々きもの離れに拍車がかかるのではないかと私は心配している。私は店においでになる振袖の御客様に、若い御嬢様には是非きものを着る癖を付けて欲しいと申し上げている。きものと言っても、ゆかたでも母親譲りのウールのきものでも何でも良い。いくらかでも、きものに慣れていれば振袖姿も少しは違うのだが。
 三月四月は入卒シーズンである。順序から言えば、卒入シーズンと言うのが正しいのだろうが、語呂の良さで入卒シーズンと言うのが一般的である。入学式、卒業式は子供たちにとっては最高の晴の舞台である。我が子の晴の場に出るのだから、親も晴着を着て出席する。日本の晴着と言えば、きものが一番なのだけれども、最近は洋服、スーツ姿が目立つようになってきた。一昔、いや二昔前までは入学式、卒業式といえば小紋や色無地に黒絵羽織というのが定番だった。しかし、このところ「羽織は着ない」という風潮もあり、色無地に黒絵羽織姿は見られなくなってしまった。変わりに訪問着や付下に羽織無し、という姿に取って代わられたが、その数は激減している。私の息子の幼稚園や小学校の入卒式では私の女房を含め、きもの姿は数えるほどである。なんとも寂しい限りである。
 何の因果か、私も次男の幼稚園ではPTA会長を承っている。今年卒園を迎え、私も卒園式に出席しなければならない。晴の場には和服を、と言う信念に基づいて、紋付で出席しようと思う。どんな反応が有るのか楽しみである。おそらく「変わり者」のレッテルを張られるのだろう。そうだとしたら、日本の西洋化も極まれり、である。
 五月までは裏を付けた袷(あわせ)のきものを着る。そして、六月からは裏を付けない単衣(ひとえ)のきものに換わる。季節によって、月によって厳格に着るきものを換えると云うのは日本だけかも知れない。暑ければ薄着を、寒ければ厚着をするのは、どこでも同じだろうけれども、日本のきものは暑かろうと寒かろうと、月によって着るきものが決められている。四季の変化のはっきりとしている日本では、人の衣装にも季節の変化を感じたい、と言うことがあるのだろう。しかし、それらは晴の場でのしきたりである。私も普段着は五月でも暑ければ単衣を着ている。
 単衣を着る時期は六月と九月である。一年のうち二カ月しか着る期間がなく、見た目も薄もの程袷との区別がつかない単衣は余り重要視されていない。袷と薄ものを持っていても、単衣のきものを持っていない人が以外と多い。しかし、一年を通して、きものを着る人にとって、単衣のきものは欠くべからざる物である。裏の付いた袷のきものから裏の無い軽い単衣に着替えるのは、春から夏に向かう開放感を感じさせてくれる。
 「単衣には、どんな帯をしたら良いのですか。単衣用の帯というのが有るのですか。」
と聞かれたことが有る。単衣用の帯というのは無いが、何でも良い訳ではない。帯も、あくまでも春から夏への開放感を演出する物であって欲しい。単衣のきものには袷用の帯も、夏帯も、どちらも使うことができる。袷用の帯であれば、あまり暑苦しくない帯が良い。同じ単衣のきものでも、夏に近づくにつれて夏帯を用いるようになる。絽や紗の袋帯や名古屋帯、染帯であれば絽の塩瀬というように、その時の暑さや雰囲気に合わせて帯を選ぶ。
 七月に入れば、きものは薄ものとなる。薄ものには「絽」や「紗」「羅」が有る。袷も単衣も生地は同じ物を使うけれども、薄ものは、その名の通りに透けて見える生地が使われる。単衣よりも着ている人自身が涼しい事も有るが、薄もののきもの姿は、見る人に夏の風情を感じさせてくれる。絽のきものを着て、日傘をさす様は日本の夏の情景である。しかし、夏物(薄もの)は皆余り着たがらない。理由は二つ有る。一つは、洋服に較べて涼しくない事。二つには汗をかき、きものを汚してしまい、後始末が大変なことである。
 夏物(薄もの)は洋服に較べて涼しくない、と思われているが、これも誤解の産物という面が多分にある。普段きものを着ない人が、きものを着るのは正装の時である。夏物の正装といえば絽の訪問着や付下、色無地などである。そして帯は二重太鼓の紗の袋帯ということになる。下着、襦袢、訪問着と重ね着をして袋帯を幾重にも巻けば、お世辞にも涼しいでしょうとは言えない。しかし、洋服が涼しいのは半袖のワンピースやTシャツなどの普段着である。洋服でも正装となれば、きものに較べて、それ程涼しいとは言えない。女性の場合、半袖のスーツもあるけれども、男性の場合はネクタイで首を締められ、長袖の上着を着なければならない。一時、消エネスーツと称して紳士用の半袖スーツが出回ったことが有ったけれども、市民権は得られずに石油危機が去ると、すぐに消えてしまった。洋の東西を問わず、もともと正装とは暑苦しいものである。そう言う意味では、きものの正装はそれ程暑苦しいとは思えない。
 普段着のきものを着慣れた人であれば、夏のきものは洋服よりも涼しいと云う。私の母は夏でも毎日きものである。一番涼しいのは麻の小千谷に羅の帯である。襦袢も麻の襦袢を着る。男物でも麻のきものが涼しい事は私も体験している。小千谷に羅の角帯を締め、懐をうちわで扇げば風が体中をまわる。
 きものを汚してしまう、と言う事についても同じようなことが云える。きものを着るのに慣れていない分
だけ汚しやすいことも有るけれども、慣れていれば洋服、和服を問わずに正装は汚さないように注意しなければならないのである。洋服は価格的にきものよりも安い事が、汚すことにそれ程こだわらない原因かも知れない。普段着の麻の襦袢は洗濯機で洗うこともできる。私の母は夏になると、三枚の襦袢を取替え引替え着ている。汗で汚れた襦袢を毎日洗濯機で洗い、伸ばして干せば、次の日には乾いてしまう。麻はしわができやすい分だけ、きちんと伸ばして干せば、アイロンは不要である。きものを着慣れた者にとって、夏のきものは涼しく重宝である。
 九月に入ると、再び単衣のきものを着る。六月に着る単衣と同じではあるけれども、六月に着る単衣は涼しさを感じさせる物、九月に着る単衣は暖かさを感じさせる物が良い。夏に向かう単衣と、秋に向かう単衣の違いである。この辺の微妙な季節感をきものに表現する技は日本の美しさではないかと思う。
 秋風の吹く十月になると、もう単衣を着る人はいない。そして、この時期は結婚式のシーズンである。私の知人に結婚式の司会を生業としている人がいる。話を聞けば、結婚式も今は一年中、十二月三十日まで有ると言う。昔は真冬や真夏は避けたものだが、今はその時期は結婚式場の割引料金も有り、結構にぎわっていると言う。しかし、やはり五〜六月、十〜十一月がもっとも多い事にかわりはない。きものの立場から言えば、単衣や夏物を持っている人が少ないことも有り、十〜十一月の袷の時期の結婚式は都合が良い。
 七月や八月の結婚式で仲人をする人がやって来て、
「何を来たら良いのでしょう。絽の黒留袖というのは有るのでしょうか。」
と聞かれる。七〜八月は季節から言えば、夏物(薄もの)の時期である。当然、結婚式では絽の染物を着ることになる。招待される人が着る訪問着や付下げの夏物はそう珍しい物ではない。一通りきものを持っている人ならば大概の人は持っている。しかし、絽の黒留袖となると持っている人は少ない。というよりも皆無といって良い。私が呉服業界に入ってから仕立てた絽の黒留袖は僅か三枚である。謡曲をする人は着る機会もあるけれども、そうでなければ中々用意できるものではない。仲人さんや親族の人達に
「何を着たら良いのでしょう。」
と聞かれれば 、
「本当は絽の黒留袖でしょう。」
としか答えられないのは心苦しいとしか言いようがない。
 結婚式と言えば、成人式と並んで振袖の活躍する場である。私も結婚式に出席すると、若い女性の振袖姿が楽しみである。しかし、特に新婦の友人の中には振袖を着たがらない人もいる。聞いてみると原因は次のような事らしい。最近は結婚式が終わると、二次会と称して友人達の同窓会が始まる。遠く離れた友人同士が久しぶりに合うのだから、とても良いことである。和気あいあいと雰囲気が盛り上がる中で身軽な格好でいたいと言う。振袖を着れば髪型も変えなくてはならない人にとっては、きものを洋服に着替えるだけではすまなくなってしまう。髪を直して着替えてくるのは面倒だという。普段の髪型で振袖を着ても十分に奇麗なのに、と思うけれどもそうはいかないらしい。
 十一月十五日は七五三である。大概の子供は、この時に初めてきものを着るらしい。私が小さい時には、寝るときはパジャマではなく寝巻だった。寝巻をきものと言えるかどうか分からないが、少なくともきものには幾らかでも親しんでいた。私の息子も初めてきものを着せた時には、その動き憎さに閉口し、ホテルの絨毯の上をごろごろと転がり回っていた。
「おまえは呉服屋の息子か。」
と言いたくなったが、呉服屋の息子であろうとなかろうと、子供にとって初めて着るきものが肌にあわないのは道理である。それでも女の子は割りとおとなしくきものを着ている。お参りが終わり、きものを脱がせようとすると、
「まだきものを着ていたい。」
と、せがむこどもの話も幾度か聞いたことが有る。日本の女の子は、本能的に美しいきものが好きなのだと思うと、きものもまだまだ捨てたものではないと思う。
 一年を通して、きものを着る機会はたくさん有る。晴れ着ばかりではなく普段着も、その気になればいくらでも着れる。「面倒くさい」「自分ばかり・・」と言わずにきものを着れば、きものはもっともっと身近に近づいて来るように思えるのだが。