きもの春秋22
  おわりに(きものの将来)

 きものの将来について憂えるのは、私に限らず呉服業界の人間は皆感じていることである。呉服店の主人や呉服問屋の人間にしてみれば、とりあえず目先の売り上げが気がきではない。私も例外ではなく、きものの衰退は飯の喰上げに直結している。しかし、もっと長い目で、商売を抜きにしても、きもの文化の衰退を憂えるのは私だけだろうか。
 きもの文化の衰退、危機に関しては、再三言及したつもりだ。私の考えをどのように受けとめてくれただろうか。私はきものに関しては極めて保守的と思われたかも知れない。しかし、私はきものについてそれ程保守的、原理主義的な立場に立っているとは思っていない。
「きものの形は、小袖の時代から余り変わっていない。」
と書いたけれども、今有るきものの文化の歴史はそれ程古いものではないことも事実である。
 名古屋帯(名古屋仕立て)の形式ができたのは大正時代である。服装改良運動の一環として発明されたもので、当時としては革新的な発明だっただろう。晴れ着の形式も、ここ半世紀の間でも幾度と無く変遷を見ている。戦前戦後は縞御召に黒羽織が既婚女性の晴れ着だった。その後、御召は小紋(錦紗と呼んでいた)に取って変わられ、羽織も絵羽となる。その後、色無地に黒絵羽織というのが一般的になったけれども、現在ではその姿は全く見られない。洋服の流行が時々刻々と変わるように、ペースは遅いけれども、きものの常識も時と共に変わっていく。これからも、きものの文化は変わっていくのだろう。
 しかし、現代のきもの文化の新しい動きの多くは、きものの伝統を踏まえた変化ではないように思えてならない。
 これからのきものはどう有るべきなのだろうか。「きものを着る」という事について現代人は、きものを着なくなったという大きなハンディがある。きものが着られなくなるとすれば、きものは骨董品か美術品あるいは盆栽になってしまうのだろう。なにはともあれ、きものは着てもらわなくてはならない。これほどすばらしい日本の伝統文化を葬り去るのは余りにも惜しい気がする。
 最近の西陣では、熟練の織工達が仕事を求めて職安に詰めかけていると聞く。神業のような江戸小紋の型を作る職人はいなくなり、もう染められなくなると云う。魔術師のような悉皆職人も次第に数が減る。仕立さえも優秀な職人を捜すのに苦労する。丹後の縮緬の機屋は廃業や縮小を余儀なくされ、織機が壊されていく。一昔前に手に入った織物や染物が手に入らなくなる。
 きものの将来は、日本人自身が決めることである。きものを正統に発展させるのは日本人自身である。きもの文化が正統に発展するように、伝統的なきものの良さを残し、現代の人々に紹介することが呉服店の使命と思う。きもの文化を担う主役は呉服店、呉服問屋ではないのだから。