きもの博物館49
    本塩沢

「塩沢絣に名古屋帯、耳を澄ませば滝の音・・・・。」
 デュークエイセスの唄う「女一人」の一節である。
 塩沢絣は結城紬、大島紬と肩を並べる代表的な織物である。
 織物の名称に地名がよく使われる。結城しかり大島しかりである。他にも地名を冠した紬は数が多い。その中でも結城、大島、塩沢は特に有名である。
 塩沢とは越後、新潟県の地名で、正しくは新潟県南魚沼郡塩沢町である。新潟は織物の宝庫ともいえる所で、塩沢の他に小千谷、十日町、栃尾、それに白生地の産地である五泉も新潟である。
 塩沢の織物の起源は奈良時代に遡る。当地の麻織物は正倉院にも保存されているという。
 我が国の織物は、長い間麻素材が主流であった。それが絹や綿に取って代わり、江戸時代に絹織物である塩沢の基礎ができた。麻織物は現在越後上布として残っているが、今では極少量生産されるのみで、高価な希少品になっている。
 俗に「塩沢」と呼ばれる織物には四種類ある。 「越後上布」「本塩沢」「塩沢紬」「夏塩沢」である。いずれの織物にも無地、縞柄、絣がある。冒頭の歌詞にある「塩沢絣」はどの織物を指しているのだろう。
 越後上布は日本一歴史が古いと称される麻織物で、重要無形文化財に指定されている。手績みの糸を使い全て手造りの希少品である。  夏塩沢は駒撚りした生糸で織った夏用の紗の織物である。
 本塩沢と塩沢紬は混同されがちである。どちらも「塩沢」の名称で呼ばれることが多く、本塩沢を塩沢紬と呼んでしまうのも呉服用語の曖昧さのなせる業である。 「本塩沢」と「塩沢紬」は全く異なる織物である。正確に言えば、本塩沢は御召、塩沢紬は紬に分類される。紬とは紬糸で織った織物であり、御召は御召糸で織った織物である。 紬糸というのは絹の真綿を紡いだ糸で、太さが一様でなく節がある。紬糸に対して生糸があり、これは繭から採取した糸を何本か束ねた糸で、節は無く均質である。縮緬や羽二重を織るのはこの生糸である。紬と違って縮緬や羽二重のようにさらさらとした生地が出来上がる。縮緬や羽二重は織りあがってから糊を落とし(精錬)、白生地になるけれども、御召糸は先に糊を落とし糸の段階で染色される。
 塩沢紬は紬糸を使って織られる。経糸に生糸を緯糸に真綿の紬糸を使用している。手触りは結城紬やその他の紬と同じでざらざらした感じだけれども、塩沢紬は他の紬よりも地薄でさらさらとしている。
 本塩沢は経糸緯糸共に生糸のお召し糸を使っている。経糸には一メートルあたり350回、緯糸にはさらに1800回の撚り(強撚)を掛けて用いる。撚糸を使って織るのは縮緬と同じで表面に縮緬のようなシボができる。縮緬は白く柔らかな生地になるけれども、本塩沢は先に糊を落として絣柄を付けて織られる為にシャリ感のある生地に織り上がる。「シャリ感」という言葉は言いえて妙で、実際に本塩沢を手で擦ったり、揉んで見るとシャリシャリという音がする。この風合いは他のきものにはない本塩沢独特のものである。 本塩沢を着てみれば分かるけれども、このシャリ感が本塩沢の着心地である。シボのある生地は滑らず、適度な張りがある。単衣で着ても着崩れずに体に馴染む。この風合いを守ってきたのは塩沢の歴史と風土である。
 
新潟は雪が多く、中でも塩沢地方は豪雪地帯である。11月の初雪から根雪となり5月の中ごろまで残雪に埋もれる。一年の内半分が雪の中の生活である。最も多い1月中頃から3月までは積雪が3メートルにも及ぶと言う。本塩沢が生まれる風土として豪雪と無関係ではない。本塩沢が出来るまでには三十数工程にも及ぶ細かく忍耐を必要とする作業が必要である。それらの作業を支えているのは半年間雪に閉じ込められるという生活による根気、忍耐である。 本塩沢の制作は撚糸、図案の設計製図から始まり、絣作り、整経、手織り、湯揉みを経て完成される。それらの一工程もないがしろにはできない。多くの職人の技と根気、忍耐によって織り出されている。 きものを良く知る者は、きものの名称を聞いただけでその場の情景や人の様を連想してしまう。結城紬、西陣の帯、加賀友禅、博多帯といった言葉を聞くだけでその情景が浮かんでくる。
  結城紬と言えばきものを着慣れた年配の御婦人の姿が目に浮かぶ。季節は秋か冬である。西陣の帯と言えばきらびやかな織物を連想し、加賀友禅とともに晴の場を連想させる。博多の帯と言えば粋なきもの姿である。
 
話は戻るけれども、冒頭の塩沢絣は、私は本塩沢がぴったりだと思う。塩沢の四つの織物「越後上布」「本塩沢」「塩沢紬」「夏塩沢」いずれもシャレ物で名古屋帯が似合う。次の一節「耳を澄ませば滝の音」を考えれば季節は夏か初夏であろう。しかし、真夏ではしっくりこない。「恋に疲れた女」には初夏か初秋が似合う。初秋は恋に疲れた女性の不幸な末葉を連想させるが、初夏はハッピーエンドを予感させる。季節は涼風が残る初夏、単衣の頃。その場面には本塩沢がぴったりである。
 
恋に疲れ、少々陰のある女性が本塩沢に名古屋帯を締めている。京都嵐山大覚寺の境内だろうか。かすかに滝の音が聞こえる。有栖川から大沢の池に流れ込む水の音だろう。蚊絣の単衣の裳裾が涼風に揺れている。とてもきものの似合う御婦人である。
  本塩沢・・・日本の情緒に相応しい織物である。