ゆうきくんのきもの講座 2
  きものの格について

 前回は帯の種類についてお話しました。今回はきものについてお話しようと思います。
 いつ、どのようなきものを着たらよいかという質問はよく頂戴します。いわゆるTPOについてです。皆さんはこのTPOに心を悩ませてきものを着ない、つまり、
「どのきものを着て良いのか分からないので洋服を着て行こう。」
という訳です。 「きものは持っているし、着たいのだけれども・・・。」
と思いながらも、きものを着ていただけないのは残念な話です。
「どのきものを着て良いのか分からない。」という原因には二つ挙げられます。
 一つは、きものを着なくなったことで、きものが縁遠くなったということです。洋服であれば、皆さん大体のことは分かるでしょう。TシャツGパン姿の人を見れば普段着である事は分かるでしょうし、黒いスーツに白のネクタイをした男性を見れば、結婚式あるいは大事な式典に行くだろうことは直感的にお分かりだと思います。それは経験が教えてくれるもので、黒のスーツなど着たこともない子供であっても黒のスーツを着た大人を見れば 「尋常ではないな。」 と思うわけです。
 しかし、きものを着た姿を見る機会が少なくなった今日、経験的にきもののTPOを学習するという機会は失われています。今の子供に紬と訪問着を見せてもどちらが晴れ着なのか判断できないでしょう。残念な事です。
 きものを着る人が全くいなくなってしまった訳では有りませんし、皆さんは今きものを着ていらっしゃいます。もっともっときものを着たいと思っておられるかもしれません。きものを着たいと言う人がいなくなれば私は飯の食い上げです。もうその域に近づいているのですが・・・。
 そう言ったきものを着たいと思っていらっしゃる方からも、
「どのきものを着たらよいのか。」
と聞かれます。相当に勉強しておられるはずなのに、です。
 それは原因の二つ目に挙げられるきものの性質「きものは形が同じ」という事に起因すると思います。
 きものは基本的にどれも形が同じです。フォーマルであろうとカジュアルであろうと。夏物であろうと冬物であろうと。また、男物、女物も基本的な形は同じです。
 細かい事を申し上げれば、晴れ着と普段着では袖の長さが違いますし、袖先に元禄という丸みをつけたりもします。男物は身八つ口がなく、縫い塞ぎますが、それでもきものを始めて見る人にはどちらが男物か女物か、その形からは区別がつかないでしょう。仕立て方でも紬ではバチ襟といって襟を縫ってしまう事もありますが着た形は同じです。
 そのようにどんなきものも形が同じだということがきものの種類を見分ける目を曇らせているようにも思います。しかし、それはきものの欠点でも何でもなく、きものの特質な訳ですから偏にきものが実生活から縁遠くなったためにきもののことが分からなくなったというのが本当のようです。  さて、きもののTPOには二つの軸があります。一つは季節によるTPOという軸です。洋服にもあるようにきものには冬物、春物、夏物の区別があります。四季の区別がはっきりとしている日本のきものは洋服よりも厳格なTPOがあります。
 もう一つの軸は晴着と普段着、いわゆるフォーマル、カジュアルという軸ですね。これはきものの格というべきもので、晴の度合いによってきものを替えるというしきたりです。
 前置きが大変長くなってしまったのですが、今回はそのきもののT

 

POの一つの軸である「きものの格」についてお話いたします。
 きものの格と申しますと、留袖はフォーマル、紬はカジュアルと言うように思い浮かべることと思いますが、では何故留袖はフォーマルなのかという事に踏み込んで、きものを格づける要素についてお話したいと思います。
 きものを格づける要素というのは一つではなく幾つもの要素があります。  まず、一番めに「紋」があります。
 紋の数は多いほどフォーマルです。多いと言いましても紋を十も二十もつける人はいません。「五つ紋」「三つ紋」「一つ紋」があります。黒留袖、喪服は五つ紋。色留袖は三つ、訪問着、付下げ、色無地は一つ紋が一般的です。黒留袖は五つ紋に決っていますが、色留袖に五つ紋、
一つ紋、色無地に三つ紋を付ける人もおりますし、つけて悪いと言う決まりはありません。
 昔は紋というものを非常に大切にしたようで、紋付の振袖というのは昔は一般的だったようです。私の祖母が昭和初期に嫁いだ時の振袖は五つ紋でした。色留袖も昔は五つ紋も結構あったようですが今は三つ紋が主流で、三つ紋では仰々しいというので一つ紋の色留袖も結構注文を頂きます。紋の数は少なくなる傾向なのかもしれません。
 訪問着の紋についても良く相談されます。後で話しますが、訪問着はそれ自体フォーマルの要素がありますので、紋はつけなくとも構いません。もちろん付けても構いません。訪問着に紋を付ける時、私は柄と相談するように申し上げています。訪問着と一口に言っても全体に柄のある総柄の訪問着から、柄の軽いものまでいろいろあります。背中の紋の入る部分に柄が密集している場合ですと紋をつけるのは憚ったほうが良いと思いますし、背中が寂しいようでしたらアクセントとして紋を付けても いいでしょう。
 また、紋には「抜き紋」と「縫い紋」とがあります。これもきものの格にかかわる要素です。抜き紋は縫い紋よりも格が高く、縫い紋はおしゃれ紋とされています。留袖に縫い紋はしませんし、同じ色無地でも抜き紋をした場合と縫い紋をした場合では格が違ってきます。もちろん縫い紋はおしゃれ紋といっても紋は紋ですからフォーマルには変わりはありません。 「抜き紋」「縫い紋」の他に「張り紋」「書き紋」というのもあります。 「張り紋」は抜き紋した生地を貼り付けるもので、「書き紋」は色を抜かずに胡粉で紋を書いたものです。いずれも抜き紋の代用と言えるもので、染が堅牢だったり、生地が弱っていたりして色が抜けない場合、また貸衣装の様に一回限りの場合などに使われるもので、格としては抜き紋と同格と思って差し支えありません。
 紋の種類にはもう一つ、「日向紋」「陰紋」というのがあります。  通常「五三桐」と呼ばれる紋はこの紋です。そして、この「五三桐」のバリエーションとして「蔭五三桐」「中蔭五三桐」「総蔭五三桐」があります。これらは蔭紋と呼ばれるもので、蔭紋に対して通常の紋は日向紋と呼んでいます。家紋として正式なのはあくまでも日向紋で、蔭紋はオシャレ紋とされています。紋をあまり目立たせたくない時や、少し格を落として着たい時など蔭紋が使われます。 しかし、稀に蔭紋を正式な家紋としている家もあります。私も今まで二度ほどお目にかかりました。その家では蔭紋が正式な紋ですから黒留袖にも蔭紋を入れています。なぜそうなのかは分かりませんが、その昔主君より紋を賜ったとか、暖簾分けされたとかの謂れがあるのだと思います。しかし、本当の所は分かりません。
 以上が紋についてです。    
  次に絵羽という要素があります。この絵羽という概念は日本のきもの独特のものかも知れません。
 きものは直線裁ちを基本として、身頃は四枚の生地を縫い合わせています。これに二枚のおくみが付くのですが。これをカンバスまたは屏風に見立ててここに柄を描くわけです。縫い目を越えて絵を描く、これが絵羽です。絵羽付けになっているきものを絵羽物と呼んでいます。留袖、訪問着、付下げ、いずれも絵羽物です。コートや羽織も絵羽付けの物は絵羽コート、絵羽織と言います。同じコートや羽織でも絵羽物は格が高い物とされます。
 この絵羽か否かというのは、きものの格付けに決定的な意味を持っています。絵羽にも重いもの、軽いものがあります。訪問着と付下げの違いについては良く質問されますが詳しい事は後でお話します。とりあえず重い絵羽が訪問着、軽い絵羽が付け下げと思ってください。最も軽い絵羽としては次のような物もあります。縫い目に跨った柄にはなっていませんが、小紋とは違って全体で一つの図柄を構成しています。昔はサンポ着と言われましたが、このような極めて軽い絵羽柄であっても、普段に着ることは考えられません。この絵羽という要素はきものの格付けにそれ程重い役を果たしているわけです。
 次にきものの材質というのも格付けの要素となります。
 きものの素材としては絹、綿、麻、ウールなど、他に化学繊維も用いられています。もちろんご承知のように絹が最も格式が高いとされています。他の素材、綿や麻、ウールは通常普段着とされています。ただし男物の場合、夏物に麻の紋付が晴れ着として使われます。
 絹が格式が高く、綿や麻は普段着であることについては説明を要しないと思います。ただし、最近はポリエステルやレーヨン、アクリルなどのいわゆる化学繊維のきものがありますが、これらは例外的なので今回は話からはずします。化繊のきものについては話すと長くなりますので後日機会がありましたらお話する事にします。
 絹が一番格式が高いと申し上げましたが、その絹織物にも様々な種類があります。縮緬や御召し、紬など、それらは同じ絹でも織り方製法によって様々な顔となります。そして、それら生地の種類によっても格が変わってきます。
 絹織物は大きく分けて羽二重、縮緬、紬があります。きものの生地に最も多く使われるのは縮緬です。この「縮緬」というのは誤解される呉服用語の一つなのですが、「ちりめん」の本当の意味は、強い撚りをかけた糸、これを強撚糸といいますが、この強撚糸で織った絹織物のことを言います。ちりめんと言いますと、皆さんが真っ先に思い浮かべるのは風呂敷に使われる生地でしょう。表面にデコボコのシボのある生地を思い出すことでしょう。この生地は鬼ちりめんと言いまして、数ある縮緬の一つにしか過ぎません。一越縮緬ですとか変り無地縮緬だとか縮緬には沢山の種類があります。襦袢地に使われる光沢のある綸子も実は縮緬です。御召も「先染縮緬」と呼ばれ、縮緬の一種なのですが、縮緬とは別に扱われるのが一般的です。
 これらの生地の中では羽二重が格の高い物とされています。しかし、女物のきもので羽二重はほとんどありません。一昔前までは喪服が羽二重地でしたが、今はほとんど縮緬系に代わっています。
 縮緬の中では綸子や一越などシボが低くサラッとしたものが格が高いとされています。これに対して鬼縮緬などのシボの高い物、御召や紬は普段着とされています。ただし、これらは一つの目安に過ぎず紋や絵羽のような決定的な要因ではありません。鬼縮緬の訪問着も創られていますし、綸子や一越の小紋も創られていますので、生地の種類は格を決める多くの要素の中の一つと言うところです。
 染色法もきものの格に影響します。
 友禅や絞り、藍染、更紗、その他数多くの染色法がありますが、それらの中には普段着には余り用いられないものや、普段着向けのものがあります。
 例えば藍染は一般に普段着とされています。もともと野良着に使われた藍染ですから晴の場では着ないということでしょう。同じく絞りや更紗も普段着とされています。振袖に絞りが用いられたり例外もあります。
 きものには金糸や銀糸、金箔銀箔が用いられます。
 金や銀が用いられているのは晴れ着と思って差し支えないようです。金は古今東西装飾の王様とされてきました。富や権力、神や仏の象徴として儀式に用いられてきましたので晴を象徴しています。  普段台所で仕事をする人が金箔や金糸の入ったきものが似つかわしくないのはお分かりいただけるでしょう。
 以上、きものの格を決める要因ということでお話して参りました。少々理屈っぽい話だったと思いますが、きものの格と言いますのは、例外も多く今お話した事が絶対ではありませんし、それらが複雑に絡み合って形成するものですから一概に杓子定規に決められるものではありません。 紋のないきものでも総柄の訪問着ともなれば充分に晴の場で紋付と肩を並べる事ができますし、手描きの小紋の振袖などは絵羽の振袖を凌駕するものもあります。 今日お話したきものの格付け要因というのは頭の片隅に置いていただきたいと思います。そして、できれば今日お渡しした資料は家に帰ってもう一度目を通した上で破り捨てていただきたいのです。と申しますのは、今きものを着る人は余りにTPOを気にしすぎるんじゃないかと言う気が致します。もちろん常識を無視したようなきものの着方はいけませんが、TPOを気にする余りきものを着る機会さえも失っているのではないでしょうか。 TPOを気にする余り、何か拠り所を探しているようにも思えます。
「きものの本に書いてあった。」
「着付け師がこう言った。」
「結城屋がこう言った。」
という話を聞いて安心してきものを着て行くといったふうにです。
 しかし、きものには成文化された規則はありませんし、家元も存在しません。二冊のきものの専門書に違った事が書いてある、二つの着付け教室で違ったように教えている、というのも良くあることです。
 披露宴にきものを着ていって自分と他人のきものを見比べて自分のTPOは正しいかどうかに気を取られるというのはきものを着る本来の姿ではないように思えるのです。
 披露宴に集まった百人のきものを評価して、
「この着物はあの着物よりも上。」
「あの着物はこの着物よりも下。」
というように格付けすることはほとんど意味のないことです。まして自分と他人、あるいは他人同士のきもの上下を評価する事は全く意味のない事といえます。
 きものの役割というのは、晴の場であれば着る人の気持の一部を代弁し、場を盛り立てるものです。晴の場でなくてもきものは他人に不快感を与えるものであってはいけません。場の雰囲気を壊さず、他人に不快感を与えないきものを着る事に努めればそれでTPOは充分だと言えます。
 どのようなきものがその場の雰囲気を壊さないのか、他人に不快感を与えないかを判断するにはもちろん知識が必要です。そのきものの知識として今日お話した事が頭の片隅で判断の材料として頂きたいと思う訳です。

 追記、『付下げと訪問着の違いについて』

  付下げと訪問着の違いについては良く聞かれます。
「付下げと訪問着はどう違うのですか。」
「訪問着を着てくるように言われたのですが付下げでは悪いのですか。」
と言った質問が後を絶ちません。
 訪問着と言えば、総絵羽の晴着という事は御存知だと思います。一方付下げと言うのは分かり難いきものです。きものの用語辞典で「付下げ」を引いてみると次のような説明に当ります。
「付下げ・・・全ての柄が上向きに配されたきもの。」
 この説明でなるほどと納得できる人は皆無ではないでしょうか。
 しかし、 「全ての柄が上向き」  この言葉は付下げの原初の意味を正確に表しています。
 付下げという形式、用語ができたのは昭和30年頃らしいのですが、その当時の付下げはこの言葉に忠実なものでした。
 付下げは当初小紋の延長線上にできたものです。
 小紋というのは柄が全体にバラバラに配されています。多くは型で染められますので繰り返し柄となります。柄は上も下もなく、人形柄など上下のある柄は上向きであったり下向きであったりして配されます。従って仕立て上がった小紋は上向きの人形や下向きの人形が配されることになります。
 全ての柄が上向きの小紋が出来ないかと考えた人がいたのでしょう。全て同じ向きに柄を配せば全ての人形は上向きになり頭に血の上る人形はいなくなります。しかし、きものは前身頃、後身頃が一枚の布で仕立てますので前身頃では全て上向きになっても後身頃は全て下向き、後身頃の人形は全て頭に血が上ってしまいます。袖も同じです。前が上向きならば後は全て下向きとなってしまいます。
 そこで考案されたのが付下げという形式です。前身頃の上向きの柄を肩山に沿って反転させる事により柄は全て上向きになります。
 一反の反物に予め裁つ場所を決めておいて柄付けを考えながら全ての柄が上向きになる小紋、これが原初の付下げです。今では付下げ小紋の名で呼ばれています。
 これで、「全ての柄が上向きに配されたきもの」の意味がお分かりいただけるでしょう。しかし、現在今申し上げたような付下げはほとんど見かけなくなりました。私も問屋へ行ってもたまに見かけるだけでほとんどと言ってよいほどお目にかかりません。      
 それでは今付下げと言われているきものはどんなきものなのでしょうか。
 当初創られた付下げは小紋の延長でしたが、反物を裁つ位置、縫い合わせる位置は決っています。おそらく頭の良い人が考えたのでしょう。付下げに繰り返しの小紋柄を付けずに柄を転々と配して絵羽柄を創りました。初めは縫い目に跨らないものだったろうと思います。(付下げパターンT)この形式の付下げは仕立て上げれば小紋ではなく立派な絵羽となります。丸巻きの反物のまま染められるので訪問着よりも安価に染めることができます。
 その後改良が加えられて前身頃とおくみだけは縫い目に跨って柄を配したもの(付下げパターンU)、更に身頃は柄が繋がり肩も柄が繋がったもの(付下げパターンV)が出てきました。
 こうなりますと、訪問着と付下げの区別がつかなくなってしまいます。手の込んだ訪問着ですと、胸の柄、袖から剣先を跨いで前身頃、襟まで柄が繋がる物もあります。これは付下げでは真似ができません。しかし、全ての訪問着がそうではありませんので剣先を跨ぐ胸の柄は訪問着の必要充分条件とは言えません。
 訪問着と付下げの境をどこにするのかというのは定説がありません。原初の付下げ、いわゆる付下小紋を付下げとしている人もいます。付下げパターンTをもって付下げとする人も多いようです。しかし、呉服屋、問屋、染屋、それぞれがそれぞれの尺度を持っていますので、どこからが訪問着、どこからが付け下げとは決められないのが現状です。
 私が勤めていた問屋では、製品分類上、単純に仮絵羽(きものの形に仮縫いされたもの)したものを訪問着、丸巻きの物を付下げとしていました。それは製品管理上便宜的に分類したもので柄の重さには関係ありませんでした。
 私は訪問着の絵羽柄の軽いものが付下げですと説明する事にしています。それは万人に受け入れられる定義ではありませんが、付下げと訪問着の境がはっきりとしないと言う事を認めたうえでは最良の仮説だと思っています。 (平成15年5月24日)