131.黒羽織の紋について
 ゆうき様、はじめまして。 大変興味深い内容で、毎日少しずつ拝見しております。
  黒の紋付きの羽織を誂えようかと思いますが 通夜に着ていく場合、いくつの紋をつけたら 良いのでしょうか? 物の本には「黒の紋付き」としか記してありません。 多ければ良いというものでもないでしょうし どうぞ御指南くださいませ。 (急ぎませんので、お時間のあるときでかまいません)
  ところできもの春秋において『告別式で女性も羽織を着れば良いのに』 という文章がありましたが、五つ紋の羽織であれば黒喪服に 羽織ってもかまわないのでしょうか? 女性は第一礼装には羽織は不可、というしきたりのようですが。 当方は静岡在住ですので、真冬でも、なんとか帯付きで凌げますが 雪国ではどうされているのでしょう。
  一般に販売されている”喪服セット”にも羽織はセットされていません。 コートは室内では脱がなければなりませんし。 最も疑問なのは『道行きコート』であれば礼装にも着用できる という点です。『コート』と名がつくからには、現代における しきたりのはずです。
  コートが登場する以前は、羽織だったのでしょうか? 白を襲ねていたのが比翼になったのでコートが登場したのでしょうか。 喪服に襲ねることもあったのでしょうか。 付下げの変遷はうなずけますが、こちらには疑問がいっぱいです。 もし、ご存じでしたら教えてください。

 こんにちわ、いずにしさん 紋の数の方はゆうきくんにお願いいたしましょう。

>当方は静岡在住ですので、真冬でも、なんとか帯付きで凌げますが
>雪国ではどうされているのでしょう。
>一般に販売されている”喪服セット”にも羽織はセットされていません。
>コートは室内では脱がなければなりませんし。

 山形県酒田が夫の実家なのですが、雪国です。 ここの場合、道中は着物は着ません。会場(たいていは自宅ですが)で、指定された時刻に指定の小部屋で着替えます。着付師さんも着ていて、予約していた人は着付けてもらえます。 今はしなくなったそうですが「家から着物を着て行かないといけない場合」は、裾をたくしあげ、ウールの野袴を履き、上は着物用の袖のある厚手のコートを着て、雪靴履いていったのだそうです。
  ベルベットやフラノ地の着物用コートは、この辺では必携品です。 女性の正装は羽織をつけません。ですから、「喪服セット」には羽織がついていないのです。「地味な色無地に黒羽織」は略喪服として使いますが、喪服には黒羽織は用いないのが、今までの習慣です。

>最も疑問なのは『道行きコート』であれば礼装にも着用できる >という点です。『コート』と名がつくからには、現代における >しきたりのはずです。

 私の方では「道行」といって、「コート」をつけません。昔からあるものです。 もともとは「被布」だったのが、形状が似ているからか「道行も可」となったんじゃないかと思います。これは移動中の衣類で、玄関先で脱ぎます。

>コートが登場する以前は、羽織だったのでしょうか?
>白を襲ねていたのが比翼になったのでコートが登場したのでしょうか。

 江戸時代などだと、外出には、着物を端折って、被衣(かずき)というものを被って出かけました。お姫様階級だと打掛があります。庶民は重ね着するか、綿を入れるかして暖かくしました。 つまり、女性は長着の類を重ね着していたんです。
  羽織は向島の芸者が男っぽい風体を売り物にして羽織を着たのが始まりだそうで、男性にとって裃に変わって正装となった一方、女性に対しては「男の真似」という考え方が今でも残っているようです。
  「黒無地の紋付を正装とする」というのは、明治以降の決まり事です。 形状としては、庶民でも名主などの正装として使われていた羽織袴が男性のに。一方、女性は、長着に帯でした。庶民は打掛を着ませんから。 羽織は「寒いから着る」ものではなく、暑かろうが寒かろうが着るものでした。
  お葬式の場合、コートを脱いだ状態で、寒い戸外に立たされることもありますので、「長着一枚では寒い」というご懸念かと思います。 私はその場合は、襦袢を二枚重ねたり、白無地の着物を重ねています。 (ちょっと故あって、お稽古のために白無地の着物があるので)
  元々、明治に習慣化された際には「三襲ねとする」とあったので、襦袢の衿と合わせて4枚見えたって問題ありませんので。重ね着はなまじなコートなどよりもずっと暖かいです。

 優妃 讃良 さま 興味深いお話、ありがとうございました。
  恥ずかしながら、私は数年間和裁を職業としていました。 縫うことができても、知らないことが多々あります。 通り一遍の衣服の変遷を読んだこともあるのですが。 今回のレスから、知識の点と点が線に結び合わさり 頭の中の漠然としたものが、少し形になって参りました。 ありがとうございました。
  男性は短い上衣を羽織る習慣から、紋付き羽織袴。 女性は重ね着が習慣だったことから、帯付き姿ということですね。 単に現代の和装の着こなし・一覧表を見ても、納得できなかったのですが 優妃 讃良 さまのご意見をふまえて、手持ちの資料を辿りますと 衣装の移り変わりが納得できました。
 ただ、気になったのは道行のことです。
  被布は、羽織と同様に室内での着用が可能ですので 形の変化を調べてみました。 被布。羽織同様に男性の衣装だったものが、女性にも着用されるようになり 後に男性の羽織に対して、女性のみの衣装となったもの、でした。 今では三歳の祝着以外、お目にかかりませんね。 女性も羽織の着用が認められたからでしょうか・・・。
  道行の流れを色々な資料を総合しますと、 15世紀にポルトガルから伝えられた合羽が変化し、江戸時代には 雨ゴートとして、その後、東コートとして明治中期に流行。 更に洋装を取り入れた様々な衿型が誕生した、ということのようです。 重ね着が簡略化されると共に必要となってきた衣装かもしれません。 そうしてみますと、礼装において着用して良いのは道行のみ、 というのは、まるっきり明治時代の押しつけのしきたりのようです。
  100年が経過していますから、段々と変化があっても不思議ではない ように思いますが、既に完成された形とされているのでしょうか。 ここ20年ほどで急速に着物離れが起きているためでしょうか。 空調の整った現代において、その場で脱ぎ着のできない長着の重ね着は 不便ですから、機能的な面で、遠い将来には羽織の礼装着用ということが 始まるかもしれません。 保守的な日本では無理でしょうか?
  さしあたり、私が率先して着用する勇気は御座いません。
  長々と持論を展開してしまい、失礼いたしました。<(_ _)>

>そうしてみますと、礼装において着用して良いのは道行のみ、
>というのは、まるっきり明治時代の押しつけのしきたりのようです。
>100年が経過していますから、段々と変化があっても不思議ではない
>ように思いますが、既に完成された形とされているのでしょうか。
>ここ20年ほどで急速に着物離れが起きているためでしょうか。

 資料を紐解かれたら、着物というものが、長い間に変遷し、変わってきていることがおわかりと思います。 それに比べると、明治から、いえ、戦後からの50年において、着方が固定してしまっているようなのです。 それどころか、過去にOKだったものすら、妙に「日本全国均一習慣」とばかりに、不適切を言うものすら。 道行も過去には男性の戸外用外套の類でした。
  いつのまにやら、女性のコートの定番に。羽織だって、過去には「女の着るものではない」というところから、略装には問題ないというところまで来ました。 また、過去には、正装を用意できない場合には、紋付の黒羽織さえ着れば、正装と同格となす、という習慣もありました。もっとも、この場合は「暑いから脱ぐ」というわけにはいきませんが。

>空調の整った現代において、その場で脱ぎ着のできない長着の重ね着は
>不便ですから、機能的な面で、遠い将来には羽織の礼装着用ということが >始まるかもしれません。
>保守的な日本では無理でしょうか?

 なると思います。婚儀や葬式の場合は、なかなか伝統は変わらないものですが、街着などでは、今でも十分に新しい着方が試みられています。 きっと、いつかは、変わるでしょう。今、着物はブームですから。 私の場合は、「平安時代、袴と表衣の着用は当然で、これらがないということは下着姿も同然」ということから転じて、今の時代に近似しているといえば、「女袴に長羽織」かな、とこの形態を実践しています。
  暑ければ、羽織を脱いでも、女性の場合はカッコがつきますし、さらに寒いことが予想される場合は、この上に道中着を重ねています。雪国の寒さでもこれにショールでも羽織れば、結構済みました。 一方、行く途中の新幹線や特急の中では、道中着も羽織も脱いでしまいました。 脱ぎ着のしやすいという意味では、これは便利です。
  礼装でも、道中のかさね衣類は、不祝儀でも「地味な色なら問題ない」とのことで、道行も羽織もコートも問題ありません。
  私は、昨年の祖母の葬儀で、黒紋付でしたが、行き来の際には紫の羽織を着て行きました。逆に、途上の電車での「あ、葬式だ」という風に見られずに良かったかと。母は同じく黒紋付に薄紫の道行きでした。
  洋装の男性の方がいいかげんですね。黒のスーツですが、上のコートはいつもの通勤用のベージュのでした。

 大変おそくなりました。所用のためしばらく更新を停止しておりました。すみません。
  黒の紋付は昔は良く着ていたようです。紋の数は一つの場合が多いのですが、三つ紋を付ける人もおりました。母は三つ紋の黒紋付羽織を持っています。これから作るのであれば汎用性を考えると一つ紋が良いのではないでしょうか。
  おっしゃる通り、女性の場合羽織は第一礼装にはならないというしきたりがあります。留袖や訪問着を着て晴れの場に出る時、羽織は着用しません。しかし、昔は略礼装として黒の羽織が着られていました。
  戦前戦後にかけては縞お召に黒の紋付羽織が略礼装となっていたそうです。その頃の黒羽織は無地でしたが、その後、その発展型として、いわゆる黒絵羽が出てきたようです。
  昭和四十年代中ごろまでは色無地に黒絵羽というのは入卒式の父兄の制服のようになっていました。黒絵羽の場合は紋を付ける場合と付けない場合があったようです。 最近はまた羽織が着られるようになってきましたが、ここ二十年くらいは一般に羽織は着ないという風潮でした。着て悪いことはないのですが、なぜか羽織は敬遠されてきました。その延長線で黒の羽織も廃れてきたのだと思います。
  しかし、寒い日であれば、通夜や葬式に紋付の黒羽織を着用してもらいたいと思います。 最近は、羽織だけでなく喪服もあまり着用されなくなりました。
  先日、母が喪服を着て葬式に出席したところ、「親族でないの喪服を着るのですか?」と言われたそうです。なぜか着る機会をわざとなくしているように思います。
「着て人に文句を言われるならば、着ない方が…」そういう思いがきものの範囲を狭めているのではないかとも思われます。
  昔は羽織ときものの喪服セットもありました。自信を持ってきものを着てください。
  コートと羽織はまったく別物です。コートは外出用の衣服ですが、羽織は違います。両方とも防寒の意味もありますので混同してしまいますが、用途起源ともに別物です。 羽織は室内でも着用できます。洋服で言えばジャケットのようなものでしょうか。しかし、コートは室内では脱がなくてはなりません。これも洋装と同じですね。
  唯一つ、室内で着ても良いコートがあります。被布コートです。被布コートというのは襟がついて胸に組紐の飾りのついた、大奥にでてくるやつです。この被布コートは室内でも着用できます。 コートにも格があり着物によって合わせなければなりません。
  道行コートがよく着られますが、衿の形によっても変わります。普段着ようには道中着が着られます。素材も普段着になると紬やウールが使われます。

 お忙しいところ、色々とご教授くださり、ありがとうございました。
  数年前に、無地か鮫小紋に黒羽織姿の初老の婦人を見かけまして 自分もあのように装ってみたいと思ったのでした。 しかし、今は不祝儀は黒一色が当たり前のような時代なので、少し勇気が いります。

>最近は、羽織だけでなく喪服もあまり着用されなくなりました。先日、母が喪服を着て葬式に出席したところ、「親族でないの喪服を着るのですか?」と言われたそうです。なぜか着る機会をわざとなくしているように思います。

  上の内容と矛盾するようですが、私も、それが心配です。 喪服を着て文句を言われてはたまりませんね。
  今のように着物離れが進んだのは、核家族化も一因ではないでしょうか。 帯や色の取り合わせに自信の持てない、姑という身近な評論者であり アドバイザーを持たない若妻が、日常の着物を捨ててしまったのかもしれません。
  他にも様々な要因が考えられますが、今のように着物姿が珍しい、自国の 民族衣装が珍しいというのも、おかしな事だと思います。 これから、なるべく普段から着物を着たいと思います。
  呉服の在り方が、良い方向へ向かって欲しいですね。 きもの春秋には、私も共感する内容が多くありました。 これからも楽しみにしています。
  また質問させていただくこともあるかと思いますので、よろしくお願いします。

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