22.加賀友禅   
 今年一番目の質問は、僕からさせていただきます。  
 僕が室町の問屋にいた頃から、ぼちぼちと全国的に加賀友禅が出まわり始めました。 今から、ざっと25年ほど前のことです。
  僕が加賀友禅をはじめて見たときは、ほんとうに、その美しさに驚きました。どう言えばいいのでしょうか、そのストレートな美しさと言えばいいのでしょうか。着物で若向きを作ることって、簡単そうでむつかしいと思いませんか?
  京友禅でストレートに赤い色を使うと、下品で安っぽい感じになるでしょう?
  なのに、加賀友禅は、結構、赤い色を使っているのに上品さが漂うじゃないですか?
  「楚々とした」という形容詞がぴったりという感じがします。  
  ところで、ゆうきくんにお尋ねしたいのは、僕が前から不思議に思っていることなのです。というのは、加賀友禅というのは、あの染め方を指すのでしょうか?それとも、石川県で染められなければいけないのでしょうか?いわゆる、「京加賀」は一体、加賀友禅なのでしょうか?それとも、あくまで京友禅なのでしょうか?
 僕が、室町の丁稚をしていた頃に、百貫華峰さんの弟さんだか親戚だかで、百貫龍雄さん(名前は定かでは有りません)というひとの作品を売っていました。作風は明らかに加賀なのですが、表立っては「加賀」とは言えないもどかしさを感じていました。  
  もうひとつ、最近、思うことなのですが、やたら加賀友禅の作家が増えているのではないかということです。丁稚の頃は、加賀友禅の染織作家というのはずっと少なかったように思うのですが、今の落款集を見ると、「ゲゲっ」と思わず唸ってしまうほど、作家さんが多いですね。
  しかも、前出の百貫龍雄さんのほうは、これまた、なにやらヤヤコシそうなグループに在籍されているような、、、。  そのへんのところを、ゆうきくんの快刀乱麻のような切り口で解説をお願いしたいのですが、いかがでしょうか?

 言葉を定義するのは難しいものです。帰納的に定義しようとすれば、
「他の人はそうは言ってはいなかった。」
という反論を覚悟せねばならず、定説としては中々受け入れられないものです。
  しかし、演繹的に定義しようとすれば意外と簡単なものです。
「加賀友禅とは何か。」
という問に対しては、 「加賀染振興協会の認定を受けた作家による作品で、協会の証紙の貼られた作品」 と定義すれば、この問題は収束するはずです。  
  ご指摘の通り、協会の認定する作家の数は増え続け、平成6年の名簿にも二百五十人余りの名が登録されています。
  おっしゃるとおり最近の加賀友禅は伝統的な加賀染の柄を離れ、創作的な作品が多く、又これは、と思えるような作品も多く、仕入れするにも苦労するこの頃です。
  「加賀友禅は逸品作品である。」という認識を離れれば前述の定義で十分事足りると思います。
 では、加賀友禅とはどんな染なのかと言いますと、その特徴は 「刺繍や箔は一切使わず、染だけで描かれる。色は加賀五彩と呼ばれる蘇芳、黄土、藍、緑、黒を主として、比較的強い色が使われている。柄の特徴には斑入りの葉を表現した虫食い柄、ボカシなどがある。」  
  京友禅との大きな違いは、箔や刺繍を使わないことです。金糸銀糸、金箔銀箔を多用して重厚で荘厳な雰囲気を出せる京友禅とは違って、染だけの柔らかさの中に豪華さを込めた染物です。
  「京加賀」という言葉は二十年位前にできた言葉と思います。私も京都の問屋にいた当時よく聞かされました。当時は加賀友禅が流行し、京都の染屋がそれに便乗しようとしてできた言葉だと思います。  
  京加賀は「京都で」「加賀の染方に従って」染められたもので、一見加賀友禅のように見えますが、価格的に安い物です。価格が安いのは京友禅の分業によるところ大きいと思えますが、ほとんどの京加賀は型糸目で染められているからでしょう。型糸目も初めは太く一見してそれとわかるものでしたが、次第に技術が向上して細い糸目ができるようになり、益々京加賀が多く作られるようになったものと思われます。  
  その京加賀ブームにより今度は十日町でも似たような商品が創られました。刺繍や箔を使わずに染だけで創った「十日町加賀」とでも言うべき作品が更に安価に出回るようになりました。こちらはなぜか「十日町加賀」とは呼ばれずに一部では京加賀として通っていたように思えます。
  しかし、京都で創られた京加賀は、比較的加賀友禅に近い色で染められていましたが、十日町加賀は何故か色の淡い褪めた色で染められていました。強い色を使いながら上品に染められた加賀友禅とは比べるべくも無く、一度十日町の染屋を訪ねた時、
「何故忠実に加賀友禅見習おうとしないのか。忠実なコピー商品を創った方が良いでしょう。」
と話したことがあります。それでも大衆受けしたのか安価が受けたのか十日町では(私に言わせれば)上品さに欠ける十日町加賀が作られ続けています。
  京加賀にしても、加賀友禅とは微妙に色使いが違い、やはり色の感覚は土地によって違うものと痛感させられました。  
  加賀で修行した人たちが京都や他の地に移り創作活動を続けている例は沢山あるようです。加賀友禅作家の名前に名を連ねなくとも他に移ろうとも良い作品を創ってもらいたいものだと思います。  
  当社で所蔵している「これぞ加賀友禅」という作品を添付します。伝統工芸士、故梶山伸氏の作品です。梶山伸氏は昭和五十年代に認定された加賀友禅伝統工芸士六人の中の一人です。成竹登茂夫、矢田博、由水十久、毎田二郎、能川光陽、梶山伸、六人の内現在生存しておられるのは毎田二郎氏ただ一人になってしまいました。梶山伸氏は平成九年十一月に他界しています。この作品はおそらく氏の最晩年の作品と思われます。問屋の隅に眠っていたものを後先考えずに購入したものです。色のすばらしさ、大胆な染でも繊細な表現、立体感など第一級の加賀友禅の作品として店の宝にしているものです。

  どうして、加賀友禅は、刺繍や金箔を使わなかったのでしょうか?
  ひとりの職人がなにもかもやらなければいけないという呪縛から逃れられなかったからでしょうか?
  それとも、貧しかったからでしょうか?
  それとも、加賀の国の人たちの美意識の現われだったのでしょうか?

 ダックで染められているから、色の出方が悪いのではないでしょうか? それに、生地が悪いですね。中国産の変わり無地縮緬を使っているでしょう? あれが、ひとついいところは生地巾が広いところくらいでしょうかね。

 この作品はいいですね!もし、許されるなら、裾模様の全体像を添付していただきたいものですね。しかも、拡大図を見てみたいものです。

 梶山氏の作品、全体、近接写真送ります。
 松の輪郭の糸目なんかを見ると、結構ザツな印象を受けるんですが、でもよくよく見ると、人間的な温かみを感じてしまいますね。
  どうして、染めだけなのに、重厚さを感じるのでしょうか? ところで、もっと見たいのです。もっといろんなものをかぶりつきで。 お願いできないでしょうかね? 美しいものを見せてください。よろしく。

|戻る|