223.会津木綿の着物  
 初めまして。 とても充実したホームページですね。 ゆうきさんの着物に関する考え方、とても実があるように感じられて感服いたしました。
  さて、教えていただきたいことがあります。 先日、雑誌で「会津木綿」が採り上げられていました。 浅学なもので、初めてその名を知ったのですが、非常に色合いや縞の感じが素敵で「ああ、こういう着物が着てみたかったのだわ」と思いました。 所謂豪華な着物とか柔らかいもの、光沢のあるのもといった正統派の着物には興味がなかったのです。 お値段が随分と手頃なのも驚きでした。
  木綿なので普段着ということなのですが、さて、私は普段着とはいえ家事をしたりするときにも常に着物を着たいというほどではないのです。 となるときもので、出掛けてみたいという気になるわけですが、いくら気に入っても会津木綿の着物でお出かけするというのはNGでしょうか?
  もちろん結婚式や歌舞伎座で観劇とかオペラ観嘗などのいわゆる「ハレ」の場にはダメというくらいの認識はあるのですが、どの程度のお出かけなら着られるのかしら、ということが知りたいのです。 折角作っても着る機会がないようなら仕方がないですし・・・。

 「会津木綿はどの程度のお出かけに着られるのか?」と言うご質問ですね。 「会津木綿は○○程度まで着て行けます。」というように単純にお答えするのを躊躇してしまいます。
 同じ様な質問はWEB上に限らず店頭でもよく頂戴します。 「小紋はどの程度まで着れるのか?」 「単衣は何月から着てよいのか?」等等…。
 TPOに関する多くの質問は「どこまで着られるのか?」「何時まで着られるのか?」と言った線引きを求めているように思えます。 「絽の着物は12月には着られません」と言うことはできますが、それでは「何月何日まで着られるのですか?」と聞かれれば答えに窮してしまうのです。
 TPOの線引きはどういう意味を持つのかをいつも考えさせられます。受け取る側は線引きしてもらえばTPOについてとても楽になるでしょう。しかし、きもののTPOは(きもののTPOに限らず社会一般にいえることですが)それ程単純な物ではありません。
  線引きできるとすれば、それはとても無味簡素なものとなってしまうでしょう。
 例えば「会津木綿は同窓会には着てゆけますか?」という質問にはどう答えたらよいのでしょうか。
 一つの例はつぎのような同窓会です。
「今度、同窓会があるけどあなた何を着て行く?」
「同窓会はどこでやるんだっけ。」
「○○グランドホテルよ。当時の校長先生もいらっしゃるし、先生方も皆さん来るんだって。」
「××先生もいらっしゃるの?」
「ええ、××先生は今■■県に住んでいるけど、わざわざいらっしゃるんだって。そこで先生方にみんなで感謝状渡そうって言っているの。」
 もう一つの同窓会はどうでしょうか。
「あなた同窓会にはあまり出ないけど、今度の同窓会は行こうよ。」
「私あまり堅い会は好きじゃないの。」
「大丈夫よ。今度の同窓会は○○君がやっている居酒屋だって。」
「先生方もいらっしゃるんでしょ。先生と合うのは気乗りがしないな。」
「先生は、ほら三年の時新採で来た△△先生だけだって。」
「それじゃあ友だちみたいじゃない。」
 二つとも同窓会ですが、自ずから着る着物も変わるでしょう。
 TPOに線引きできない理由は一つに、その対象となる場が定義できないことにあります。晴れの場であればあるほどTPOは特定できるものなのですが、最近はそれも変わってきています。結婚式と言う晴れの場も最近はどんな着物を着てよいのか分からなくなってしまいます。
 結婚式といえば、昔は最高の晴れ着を着てゆけば間違いはなかったのですが、仲人のいない結婚式、レストランでの結婚式など様々です。居酒屋での結婚式?もあるようです。
 そういう場に何を着ていけば良いのかは一言では言えなくなってしまいます。
 さて、ここまでは前置きです。まるで回答になっていないと思われるでしょうが、いいかげんな回答をしたくない証しとおもってご容赦ください。
 会津木綿はおっしゃるとおり普段着です。会津木綿だけではなく木綿の着物は普段着になります。久留米絣や弓浜絣なども普段着です。木綿の着物に半幅帯をする姿は、井戸端で洗濯する女性や、子守りをする若い女性の姿を彷彿とさせるかもしれません。しかし、八寸の太鼓帯を締める姿はそれよりももう少しおしゃれです。風呂敷包みを持って街を歩く姿もありそうです。
  どの程度のお出かけまで着られるのか…ジーンズで行ける程度…と言うのはどうでしょうか。ぴったりではないかもしれませんが、私にはそういうイメージです。ジーンズも時代とともにその役割が変わっていますから。
 きもののTPOの大原則は、「その場の人たちに不快感を与えずに、その場を守り立てるもの」(と私は思っています)です。
 さて、会津木綿がどの程度のお出かけまで着られるかは五次元のパズルを解くようなものですが、そのパズルを解くところに着物の面白さがあります。
 今日もゆうきくんは、はっきりと答えずに逃げてしまいました。ゆうきくんはずるいですね。

  >考えてみれば結局、私は、着物に詳しい人々の視線がなんとなく怖くて、明快な根拠が欲しいのだと思います。

 そのお気持ちは十分に分かりますし、今それが大きな問題だと思います。いや、問題は着る側ではなくて、「着物に詳しい人々」の側にあります。「着物に詳しい人々」の一部には自分を特権階級とでも思っているのでしょうか。自分の知識を盾に着物初心者を冷笑する向きがあります。どれほど自分が着物のことを知っているというのでしょうか。きものの仕来りは地方によっても違いますし、時代と共に変わります。きものを着ている人の外見ばかりを中傷する前に、何故着る人の心を理解できないものかと不思議に思ってしまいます。

>私自身、若い人が古着で粋すぎる(変な言葉ですが)縞の着物などを着ているのを見ると「うーん、それは所謂、玄人さんが着るものなんじゃあ・・・知らずに着てるのかしら?」と思ってしまったりするので、自分も人から笑われるかも?と考えてしまうんですよね。はあ・・・着物の道は遠いです。

 着物の道は・・・そう遠くはないですよ。一番は着てみることです。着てみればおのずから何を着れば分かってくるはずです。
「聞くは一時の恥」とはよく言ったものです。 少し場違いなきものを着ていったとしても、それはそれで楽しいゲームができますよ。周りの人たちがどんな反応を示すのか。冷笑を浴びせかける人、それとなく教えてくれる人。恥をかかないような雰囲気を創ってくれる人、全く関心を示さない人。
  その場にいる人が推し量れます。意地悪なゲームかも知れませんが、それできものの知識も増えると言うものです。
  最後に一つだけ。経験を通して何を着たらよいのかは分かってきますが、そこにはきものの伝統があることを考えてください。日本人が長年培ってきた伝統です。 伝統に従え、と言うのではありません。伝統を良く理解した上で判断していただきたいと言うことです。
  きものの雑誌に、若い女性が黒紋付(喪服)を着て街を歩いている姿がありました。黒のきものがオシャレだと思ったのでしょう。喪服がどのような意味を持つかを理解した上で、本人がきものの新しい提案をすることに何ら問題はありません。本人の主張なのですから。しかし、喪服とは何かを知らずに着ているとしたらきものの文化の破壊につながるように思えます。
  益々難しくなってしまいましたか?五次元パズルではなく六次元パズルのように思えるかもしれません。しかし、双六よりも麻雀の方が面白いのと同じで、複雑なゲームほど面白いものです。

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