365.ある意見   
 呉服業界の方々の将来への悲観的ご意見をよくきくようになりました。
  社会生活が着物から全く離れてしまったいま、往時のような多数のひとが外で着物を着る時代はもう戻らないとおもいます。しかし勤めから帰ってじたくでくつろぐとき或いは就寝するとき着物に勝るものはないと実感で思い続けております。
  もし、このようにして着物類に親しみを持つ人口が存在し続けるかぎり着物は不滅ではないでしょうか?しかし現在のの様にして着物の良さを肌で知る人口は老いて消滅するでしょう。そうなれば着物は完全に無用の長物です。
  歌舞伎や伝統芸能で需要は残るといわれるかもしれませんが、これ等は時代劇の衣装と同様大多数の人々には関係ありません。もし寛ぎ着として着物を愛用する人口が存在すればその中からより高級な着物への需要がうまれてくるでしょう。
  業界の方には目先の業界の凋落を嘆くよりももっと着物の将来を大局的にお考えになったら如何ですか?
  それについても普段着や寝巻きなどの需要に対する業界の取り組みが皆無に思われるのは残念です。
  尚小生の関連する意見は早坂伊織さんの男着物大全の掲示板に「ある老人の感想」と言う題でのせております。 ご意見をお聞かせくだされば幸です。
  ご意見ありがとうございます。
  仰るとおりです。 現在の業界の衰退、混乱は偏に呉服業界自らが生み出したものです。 きものは日本人の衣装として古来着られてきましたので、それ程高価ではありませんでした。(もちろん高価なものもありました) しかし、洋服が普及するにつれて普段のきものの需要が少なくなってしまいました。その時点で、呉服業界が健全な縮小または健全な発展を図ればよかったのでしょうか、呉服業界が向ったのは、売り上げ減をカバーするための高額化でした。そして、更に言われもない付加価値を付けて更なる高額化でした。
  その為、呉服屋は安価な普段着には目もくれずに、展示会、招待旅行など本来呉服とは関係ない付加価値により利益を求めるようになりました。 その結果、消費者は「きものは高いもの」という印象が定着し、益々きものは消費者離れを起こしています。 おっしゃるような普段のきものの良さに触れる前に、すでに消費者は「きものは高価」という認識に立たされてしまっています。
  私の店ではネル、セル、メリンス、綿反など普段着類も置いていますが、消費者に正しく見ていただけない状態になっています。 私は消費者に対する啓蒙を少しずつでも図ってゆきたいと思っています。

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