43.下着の着物   
  私の成人式に使った着物は祖母の手持ちの着物を洗い張りして小紋に染め直して仕立てたものでした。 この着物、祖母の親しかった友人の形見として戴いたものでした。
  「下着として着ていた」とのことですが、薄い無地に染めてあったそうです。 縮緬地で2枚同じ着物があり、一枚を私の小紋に、もう一枚を従妹の小紋に染めて仕立てました。
  先日、新しい着物を仕立てるので寸法を計るのにこの着物を持参したところ、その呉服屋さんが言うに、ものすごく良い縮緬生地だと言うことでした。何度か水を通してこの状態だとすると、最初はものすごく重い生地だったのではと。 私の手持ちの着物の中では2番目に重い着物です。
  ここまできてふと疑問が湧きました。「下着として着ていた」というのでてっきり長襦袢に着ていたのだと思い込んでいました。実際に古く柔らかくなった着物を襦袢にするという考え方はありますので。
  しかし、それならば、つい丈に切っているのではないかと。仕立て上がりで168cmの私にもたっぷりの身丈の着物になりました。 
  端には機を織られたお店の記載もあり、こよりにして織り込まれてた紙には織子さんの名前が記載されていました。そんなとこまで縫いこまれていたのです。
  昔の人はこんなに大量の生地を縫いこんだ襦袢を着ていたのでしょうか?
  形見となったこの人は大名家の末裔に嫁がれ、戦前にはもっと大きなお屋敷に暮らしていたそうです。1970年頃には80歳を過ぎていたと記憶しています。 「長年大事に着ていた」とのことで、モノは戦前のものと思われます。

 現物も見ないでいいかげんな事も言えませんので、各単元について私の知ることを書きますので総合的に判断してください。
 >ここまできてふと疑問が湧きました。「下着として着ていた」というのでてっきり長襦袢に着ていたのだと思い込んでいました。
  「下着」というのは正確に言えば「襦袢」のことではありません。昔は下着(表のきものと同じように仕立てた一見襦袢のようなもの)を長着と重ねて着ました。古くは十二単の名残だと思いますが、今は簡略化されたのが比翼です。
  その「下着」は長着とぴったり重ねて着ましたので、丈も長着と同じでつい丈ではありません。「下着として着ていた」という言葉がその下着を指しているかどうかは私には分かりません。
  おっしゃるように襦袢を下着と言う人もおりますので。 実際に古く柔らかくなった着物を襦袢にするという考え方はありますので。
  しかし、それならば、つい丈に切っているのではないかと。仕立て上がりで168cmの私にもたっぷりの身丈の着物になりました。端には機を織られたお店の記載もあり、こよりにして織り込まれてた紙には織子さんの名前が記載されていました。そんなとこまで縫いこまれていたのです。 >昔の人はこんなに大量の生地を縫いこんだ襦袢を着ていたのでしょうか?
  昔の人はきものを大切にリサイクルしながら次世代に残す、という前提で仕立てていました。着物はもちろん下着や襦袢も裾が切れた時や娘が自分よりも背が高い事も考えて打ち揚げをしていたようですので、おかしくはありません。その方が仮に153cmの身長だったとしたら7〜8cmの打ち揚げはしていたでしょう。
  >形見となったこの人は大名家の末裔に嫁がれ、戦前にはもっと大きなお屋敷に暮らしていたそうです。1970年頃には80歳を過ぎていたと記憶しています。 >「長年大事に着ていた」とのことで、モノは戦前のものと思われます。
  その方が華族やその他高貴な家柄だとしたら引きずりだったことも考えられます。引きずりでしたら相当長く(どのくらい長いのかは分かりません)仕立てたでしょうから、168cmの身丈以上もあったかもしれません。

 ありがとうございます。その方は既に亡くなられてしまっているので、どのように着付けたものかはもう知りようがないのですが、「襲ねの下着であった」「おひきずりであった」「やはり長襦袢である」という可能性があるのですね。
  答えを一つにすることはできなかったですが、どれであっても「着物ってすばらしい」とあらためて感じました。 小紋に染めてしまったのは惜しかったかもしれません。

>昔の人はきものを大切にリサイクルしながら次世代に残す、という前提で仕立てていました。着物はもちろん下着や襦袢も裾が切れた時や娘が自分よりも背が高い事も考えて打ち揚げをしていたようですので、おかしくはありません。その方が仮に153cmの身長だったとしたら7〜8cmの打ち揚げはしていたでしょう。

 なるほど。身丈もたっぷりでしたが、袖丈も1尺7寸が優に取れました。縫い代含めて2尺あると思います。 当時なりの小柄な方ですし ご結婚後はこんな長い袂で着ていたとは到底思えないので、きっと縫いこんでいたのでしょうね。

>その方が華族やその他高貴な家柄だとしたら引きずりだったことも考えられます。引きずりでしたら相当長く(どのくらい長いのかは分かりません)仕立てたでしょうから、168cmの身丈以上もあったかもしれません。

  なるほど、ひきずりの場合はお端折る今の着物の身丈より長いんですね。 反物自体はそういったおひきずりを想定したものなのかもしれません。 仕立て直しなので見頃も袖も裁断済みなのに、あれだけの長さに切ってあったのですから。昔の人は「小柄だから」とか「もうお端折りで着るのだから」といっても切ってしまったりせずに、全て縫いこんで次の人のためにとっておいたのですね。
  そういえば、この着物が仕立てあがってきたときにおひきずりできる程の長さが嬉しくて、打ち掛け風に羽織ってみたりしました。 どういう変遷であっても、生地を全て後世の人のために取っておくということがされたことは間違いなく、とても素晴らしい考え方だと思います。使い捨てにするのではなく、こうやって何人もが着られるような発想に戻りたいですね。

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