438.紗の羽織   
 最近の紗の羽織について教えてください。
 夏向きの羽織ということではなく、紗の光を受けた時の織りの色変わり変化が大好きです。 最近というのはここ10年ほどの流行を教えてくだされば嬉しいです。
  手持ちにある紗の羽織はいずれも母や叔母からの譲り受けで、昭和40年代のものです。黒に金糸模様または茶に黒系の大きな模様が織り込まれているものです。今年辺りからはホテルなどの冷房も緩くなり、真夏に羽織を持参しなくても良いのですが、多分、単のある時期には着用したく思います。
  黒や茶の紗は秋に向かう時期には着用したく思いますが、初夏には少し重い感じがします。 紗の羽織の最近の流行の色合いや柄など教えてください。 また、一時期は流行っていた膝丈までもある長い羽織は今でも流行していますか?
 きものの流行については下記(「きもの春秋2.きものは高いか安いか」より引用)を参考してください。
  「第三に和服には洋服で云う流行がない。衿が広くなったり狭くなったり丈が長くなったり短くなったりと云うような形の変化による流行は無い。
  洋服の流行はかなり極端である。ミニスカートが流行っている時にロングスカートをはく人はいない。幅の広いネクタイが流行っている時に幅の狭いネクタイを締めればヤボと後ろ指を指されてしまう。洋服の流行は流れに逆らって泳ぐ魚の群れのように皆が同じ方向を向いている。特に日本人の洋服に対する感覚はその傾向が強い様に思われる。
 和服の場合、流行が全く無いわけではない。十五年程前に辻ヶ花が流行したことがあった。当時は問屋が競って辻ヶ花の商品を扱い、どこの問屋の展示会に行っても辻ヶ花が展示会場の一部を占めていた。留袖、訪問着、小紋から袋帯、染帯、絵羽コートまで辻ヶ花の商品が所狭しと展示されていた。小売店でも辻ヶ花の商品がよく売れた。
  しかし、それ程辻ヶ花が流行した当時に実際に辻ヶ花を着ていた人はどのくらいいるのだろうか。はっきりとした統計をとったわけではないけれど、結婚披露宴やお茶会といった場で辻ヶ花を着ていた人は 一割にも満たなかったのではないかと思う。和服で言う流行とはそのようなもので流行っている柄のきものを皆が着ているわけではないしいつどんな柄のきものを着ようとも決して時代おくれ流行おくれのレッテルを貼られないのである。
 昭和三十年代初期には皇太子殿下(今上天皇陛下)の御成婚があり、美智子様が白いきものを着用されたので白が大流行となった。売れるのは白ばかり、白いきものさえ置いておけば飛ぶように売れたという。そんな時代でも白以外の色のきものを着る人は大勢いたし、いっこうにかまわなかった。
 流行のない和服は、数年で流行遅れとなり着られなくなる洋服とは違い時を越えて着ることができる。母が嫁ぐ時に仕立てたきものを娘が嫁ぐ時に仕立て直して持たせることは洋服では考えられないけれども和服では極自然なことなのである。」
 きものに流行はありません。羽織について強いて言えば、丈の長さ、紐の位置が昔とは違ってるということでしょう。
 丈の長い羽織を着ている人もいますが、いっこうに構いません。ただ、現代の目から見ると、丈の長い羽織はおしゃれ物に見えるかもしれません。着物を粋に着こなしたい人が洒落て着ているという印象です。
 お返事ありがとうございました。 先日は、夏祭りパレードで人数確保のために急遽、浴衣を着て踊り歩くことになりました。年配の方も参加され楽しかったのですが、途中で帯が解けても結びなおす人がいず、私に声が掛かりました。
  半幅のごく普通の蝶々結びさえも30人ほどの女性ほとんどが他の人の帯すら結べない、そんなことに驚きました。 それでも、浴衣の着方は気になる人が多いようで。着方のあれこれの指南をする声は多く聞きました。 着物の流行についてのお返事、興味深く読みました。 しかし、いち早く流行を全面に出し販売するのは呉服屋さんではありませんか?
  買うのはこちらですが、呉服屋さん(販売員を含め)の言う事はプロの専門的な知識として聞いてきました。 最近は、誰が付け焼刃で誰が本当の和服に通じた知識を持っている人の薀蓄かわかってきましたが。まだ、近くの呉服屋さんへブラリとたずねる勇気はないのです、結城屋さんがメールで簡単に答えてくださることに感謝しています。
  今週最初のトンボを見ました。 さっそく9月からの着物の用意をしています。 これからもよろしくお願いいたします。

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