続きもの春秋6
  足袋の話(白足袋と黒足袋)

 足袋は洋服で言えば靴下である。冬の寒い時に足が冷たいのはとてもつらいものである。洋の東西を問わず、足を保温するための衣類は用意されている。
 靴下と足袋の一番の違いは、親指が離れている事である。草履や下駄を履く日本では当然の事だけれども、西洋人にはこれが中々難しい。
 私の店に草履を買いに来た外国人が、どうしても親指が離れずに鼻緒を挟めなくて諦めて帰ってしまったことがあった。我々日本人には何でもないことでも西洋人にはとても難しいらしい。
 さて、足袋には白足袋と黒足袋がある。いや、他にも色足袋や柄足袋もあるのだけれども最近は少なくなってしまった。なぜ色足袋や柄足袋が姿を消してしまったのかと言えば、理由は次のようである。
 色足袋や柄足袋を求めにくる人はいるが、極めて希である。足袋を売る店としては、靴屋と同じく一種類でも寸法違いのものを数牧置かなくてはならない。今は足袋は0.5センチごとに作られている。差し当たって女性用だけを置くとしても、22.0から24.5、最近は大柄な女性も増えてきたのであるいは26.0くらいまで品揃えしなくてはならない。22.0から26.0まで九段階の品揃えである。それに色数だけ、柄数だけ揃えるとしたら莫大な在庫になってしまう。頻繁に売れるものならば無理しても置くだろうけれども、年に一人来るか来ないかの客の為にそれだけの在庫を置くわけにはいかない。そんな訳で足袋は白と黒に集約されてしまったのだろう。
 女性は白足袋しか履かない。男性はと聞かれれば、これまた私の研究課題となって久しい。
 私が京都の問屋にいた時分に、呉服屋が洋服で商いするのもないだろうと、売り出しの時に作務衣を着ることになった。会社が全員に作務衣を配布したが、足袋は自己調達だった。
「足袋は何を履けばいいんですか。」
 上司に聞いて廻ったが、答えが一様ではなかった。
「白足袋に決まっているだろう。」
「商人は黒足袋だ。」
と、人によって言うことが違っていた。結局売り出しの時には白足袋を履いた人、黒足袋を履いた人と様々でおかしな雰囲気だった。問屋さんというのは自分の扱う商品については知識が豊富だけれども、その先の着付けやしきたりについては疎い。しょうがないと言えばしょうがないかもしれないけれども、実際にきものを着るお客様を相手にする小売屋としては分からないではすまない。
 男性が白足袋を履く姿も黒足袋を履く姿も目にすることがある。いったいどういう場合に白足袋を履き、どんな時に黒足袋を履くのだろうか。
 和服党を自認する有名な映画監督がきものの雑誌のインタビューで、和服のすばらしさを数え揚げた上で、
「私は白足袋しか履きません。」
と言っていた。
 どんなきものを着る場合でもその人は白足袋を履いていると言う。高名な人がマスコミで発言すると、大衆はそれを鵜呑みにしてしまう。マスコミとは恐ろしいものである。
 その人が白足袋を履くのは勝手なのだけれども、いつでも白足袋しか履かないというのは一般人の常識を逸脱している。その人の真意がどこにあるのか分からないが、男は白足袋しか履かないと言っているのであれば、それはあきらかに間違いである。黒足袋というものが立派に存在してきたのだから、まして女性は履かない黒足袋なのだから男性が黒足袋を履くことがあるのは明白である。
 マスコミの意図したことではないにしろ、かかる報道には気をつけなければならないと思う。登場する人がいかにその筋で高名な人物でも、呉服に関しては一般人の素人とは変わらないのである。私は常識を逸脱したマスコミの報道で世の中の常識が乱れることを恐れている。
 先日、東京日本橋で呉服問屋の売出しが行なわれたので私も行ってきた。東京の呉服卸組合の統一催事でね
「きものを着ておいでください。」
というものだった。呉服業盛んなりし頃には、そういった統一催事はなかったが、さすがにここまで業界が落ち込んでくると、問屋同士危機感を感じざるを得ないのだろう。催事場に各問屋のブースを設けて商品を紹介し、幹部の人達がきものを着て小売屋を接待していた。問屋の幹部と言えば六十過ぎ、七十過ぎの年配の人達である。彼らは皆きものを着てはいたが足元が不揃いだった。白足袋を履く人、黒足袋を履く人がまちまちで異様な雰囲気だった。きものは皆、紬か御召のアンサンブルを着ている。紬のきものに白足袋姿は私にはどうも足元が浮いて見えてならない。
 会場できものを着ている人達は呉服業界を代表する人々である。その人々の足下がバラバラなのだから、素人目にはどのように映るのだろう。
 白足袋、黒足袋を履くしきたりが決まっているならば、白足袋を履いている人、黒足袋を履いている人どちらかが間違っているはずである。それとも白足袋、黒足袋のしきたりはないのだろうか。そんなことはない。白と黒が混同されるなど考えられない。慶事のネクタイと弔事のネクタイを混同するようなものである。呉服業界の人間が呉服を知らないと揶揄されても仕方がないように思う。
 いつ白足袋を履くべきかいろいろと考えてきたけれども、ひょんな事からその解決の糸口を見いだした。
 私の店の得意様のお茶屋さんが業界紙のコラムにこんなことが書いてあったと、わざわざ届けてくれた。それには次のような事が書いてあった。
『「京の三足袋」という言葉があります。いずれも白い足袋を履くことから、家元、僧侶(寺院)、お茶屋(花街)を指し、京都固有の伝統的な人々の事です。今、商工会で問題になっている「三足袋」は料亭(旅館)、お茶屋、そして呉服業。いずれも昨今の不況に喘ぐ業種で、共通している点は畳の上の純和風。日本茶も同じですからちょっと心配です。』
 「京の三足袋」というのは初めて聞いた言葉だった。第一に家元、広い意味での家元で、茶道、華道、香道などの伝統的な家元を指すのだろう。第二に僧侶、なるほど僧侶は白足袋を履いている。そして第三に花街、拡大解釈すれば落語家や芸能人もこれに類するのだろう。
 私は以上の事から、男性の足袋のしきたりは次のようだと思っている。
 男性が履く足袋は基本的には黒足袋である。しかし、職業や立場によって白足袋を履く場合がある。職業とは前述のごとく家元や僧侶、芸能人である。いずれも特殊な職業である。そして、一般人が白足袋を履くのは特別な場合、改まった場合、すなわち紋付を着た時である。
 普段着の紬や御召に白足袋は私にはどうもいただけないのだが、白足袋を履く人は多い。白足袋を履く人が多ければそちらが常識になってしまうのだろうか。
 私はあえて、 「普段着に白足袋を履いてはいけない。」 と主張したいと思う。私の考えが絶対正しいとは限らないし、反対かも知れない。しかし、白足袋を履くべきか、黒足袋を履くべきか、はっきりとした議論がなされずに来た呉服業界である。ここらで結論を出すべきではないだろうか。私の結論に対する反論異論、またはっきりとしたしきたりをご存じの方からの反応を期待したい。