続続きもの春秋

16.きものの流行について

 毎年夏になると、決まった時期に新聞記者や放送局の記者が私の店にやってくる。記者の取材と言えば私の店で何か事件が起ったのかと思われるかもしれないがそうではない。彼らの質問は次のようである。
「今年はどんな浴衣が流行ですか?。」
  毎年ゆかたの時期になるとそう言ってやってくるのである。新聞記者や放送局の人間は転任が早いらしく、私の店では取材にならないのだけれども人が代わってやってくるので、その度に長々と繰り返して同じ事を言わなければならない。
  過去には、
「今年は透ける浴衣が流行っていると聞きましたが、おいてありますか。」
「丈の短い浴衣が流行だそうですね。」
 今年は、
「浴衣に帯締めをするのが流行っているのですか?。」
  何処から聞いたのか知らないけれども、マスコミと言うのは話題が欲しいらしい。
  最近、特にここ数年間の浴衣を見ていると実に様々な、と言うよりも突飛な浴衣が売られている。「浴衣の比翼」に始まり、前述の「透ける浴衣」、ミニスカートのような「丈の短い浴衣」、衿が無く「背が大きく開いている浴衣」等等。今年はノースリーブの浴衣もあったと聞く。そして、「浴衣に帯締め」である。
  いずれも浴衣メーカーや問屋の、あれやこれやの工夫である。
  「比翼」はもともと十二単からきていると思えるけれども暖かさの演出で、浴衣に比翼は整合性が悪い。半そでTシャツに襟巻きをしているように思える。和服は形が同じという不文律があるので、ノースリーブの浴衣や丈の短い浴衣は早々に姿を消すだろうと思っている。浴衣の半幅帯は、それ自体きものを保持する機能を有しているので帯締めは必要ない。
  等と私が講釈を垂れてもしょうがない。浴衣はファッションとして思わぬ方向に触手を伸ばしている。それも時代の流れとして出ては消え、受け入れられないものは淘汰されて行くのだろう。私が何を考え、何を言おうともその流れは止まらないだろう。
  しかし、マスコミの取材となると捨ててはおけない。ついトクトクと記者に説教して帰らせるのである。
  「浴衣の比翼」「透ける浴衣」「ミニの浴衣」「浴衣に帯締め」、それらはいずれも確かに出回り私もお目にかかったことがあるけれども、いったいどの位の人達が着ていただろうか。
  山形の夏祭りは花笠踊りである。8月の5〜7日は私の店の前は浴衣姿で賑わう。店頭に立ち若い人たちの浴衣姿を見ていると、なるほど様々な浴衣姿があるものである。
  下駄や草履を履かずにサンダル履きの浴衣姿は結構多い。中には、上前下前を逆に着ている、いわゆる左前の人も3日間中1〜2人はいる。尤もこれは本人が気付かないで着ているのだろうから本来教えてあげれば良いのかも知れないが、最近の若者はピアスで武装しているので、怖くて話し掛けることもできない。
  では記者が言う「浴衣に帯締め」をした人、「ミニの浴衣」はどれだけいただろうか。確かに見かけることは有ったけれども、3日間の中でほんの数人である。割合からいえば1%にも満たないのではないだろうか。それらは万人が認める流行とは程遠いように思われる。ほとんどの人が昔ながらの浴衣を着ている。サンダルを履いたり、少々得意な着方をしている人を除いたとしても8割方昔ながらの浴衣姿である。極一部の人たちの浴衣を流行と取り上げるには抵抗がある。
  私はマスコミの取材には次のように応えることにしている。
「流行と言うのは、どれだけの人が着ていれば流行と言うのですか。」
 そう聞かれた記者は決まって言葉に詰まってしまう。
  マスコミはスキャンダラスな話題を求めている。それは流行に限らず、いわゆる三面記事では人が予想だにしないようなスキャンダラスな話題が視聴率を上げ、視聴者読者の指示を得るのかもしれない。
 
突飛な浴衣であればあるほど
  「今年は○○の浴衣が流行です。」
 と、紙面をにぎわすことができるのだろう。
  「浴衣の帯締め」や「ミニの浴衣」はメーカーや問屋で宣伝している。しかし、それはメーカーや問屋の提案であり、流行とは言えない。突飛な浴衣の提案が成されると、マスコミはそれを流行として取り上げる。
  マスコミの力は恐ろしいもので、マスコミで報道されれば、あたかもそれは主流であるかのように錯覚されてしまう。
  きものの流行は洋装のそれとは違うことは「きもの春秋、きものは高いか安いか」の中で述べた。 江戸時代、文化文政年間に黄八丈が流行した。歌舞伎芝居の娘役の衣装に黄八丈が用いられたことで、町娘が競って黄八丈を着たという。しかし、それは現代の流行とはおよそ違っていただろう。黄八丈はその後も今日に到るまで着継がれている。一過性の流行ではなく後世までしっかりと根を下ろしているのである。
 ただでさえも若い人たちには着物は縁遠くなっている。マスコミがメーカーや問屋の宣伝に踊らされて、「流行、流行…。」と書き立てれば、着物がまた変な方向に向かいはしないかと心配するのである。
  さて、以上のような事をマスコミの記者に言い含めると、 「はい、分かりました。」 と言って神妙に帰って行くのだが、未だかつて私の言を記事にしたことはない。それならば、もう二度と私の店に取材など来なければ良いようなものだが、夏になると性懲りもなく平気な顔をして同じ事を聞きに記者が訪れるのである。