全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅲ-ⅰ 常識・しきたりとは何か(その6)
さて、実際に市民は季節に対してどのように衣類を着ていたのだろうか。
上述した例は、サムライの例である。つまり身分の高い男性のしきたりである。女性も高位の人達、殿中の人達や奥女中などは凝りに凝った季節の衣装を身に着けていただろう。しかし、一般の庶民はどうだったろうか。
江戸時代、一般の庶民も季節を感じ、季節を楽しんでいただろうことは想像に難くない。庶民の間でも単衣→袷→綿入れといったサイクルがあっただろう。
「今月は衣替えだな。単衣を出しておいてくれ。」と言うような会話が長屋から聞こえてきたかもしれない。しかし、庶民が普段着として着物を着る場合、厳格に着替え、そして他人の衣装を批評したりしただろうか。
単衣の時季でも季節はずれに寒い日は、「おい、今日は寒くて堪らんな。もう仕舞っちまっただろうけど袷を出してくれよ。寒くって風邪ひいてしまう。」と言った会話も聞かれたのではなかろうか。
日本人は身分の高い人から庶民まで季節感を大切にしていたことは間違いない。その為に衣替えの時季を決めて、それに従って着物を換えていた。皆大方それに従っていたとは言うものの、それを厳格に守っていたのは言わば儀式などの公式の場であり、公式の場であっても最低守るべきものは上に着るものであり、無理に上から下まで着ていたとは限らないのではないだろうか。
現代巷で言われている着物のしきたりは、季節によって厳格に衣替えしなくてはならないかのように言う向きがある。しかし、身を守る衣装として着物を考える時、余りにも不自然ではないだろうか。「暑いので中に着る着物は単衣に」「寒いので襦袢を袷に」と言ったことは季節に対する十分すぎるほどの配慮である。
「5月は袷の時季だから袷を着なくてはならないが、袷では暑くてたまらないから洋服にしよう。」
そういう会話がでるとしたら、洋服は合理的で和服は非合理的であることを示している。和服はそれほど非合理的なのだろうか。それほど非合理的な衣装を我々日本人は古来身に纏ってきたのだろうか。
現代の着物のしきたりは本来あるべきしきたりとはかけ離れてきているように思える。
つづく
次回は、「きもののしきたりは誰が決めるのか」