全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅲ-ⅱ きもののしきたりは誰が決めるのか(その2)
もう一つの例として、紬の絵羽(訪問着)について考えてみる。
紬の絵羽が市場に出回り始めたのは昭和50年代半ばの事だろうと思う。私が京都の問屋にいた50年代後半には大島紬の訪問着や西陣の紬訪問着が売り場に並んでいた。そして、それらは新鮮さを持って販売されていた。今までになかった範疇の着物として消費者に勧められていた。
それまでになかった紬の訪問着はいつ着るべき着物なのか。それはその当時から話題に上っていた。しかし、その話題は商品の売り口上でしかなく、はたして紬の絵羽にはどのようなしきたりがあるかといった議論では無かった。
もともと紬は普段着として着られてきた事は万人の認めるところである。それは常識として受け止められている。一方、絵羽と言うのは、フォーマルに着られてきたこともまた常識である。一部、江戸時代に絵羽のゆかたも創られていたようだが、絵羽はフォーマルの必要条件であった。
その普段着の紬をフォーマルの絵羽付けにするというのだから、受け取る側は混乱してあたりまえである。
紬の絵羽を創ること自体は悪いことでは無い。織物で縫い目を越えて柄を合わせるのだから大変な技術を要する。生産者のその努力には敬服する。
しかし、それとしきたりの問題は別である。紬の絵羽を創った人はどのような意図で創ったのか。どのような場で着ることを想定したのだろうか。
私が見る限り生産者ははっきりとしたTPOに関して確固たる意図があったとは思えない。目新しい商品を創って売り上げにつなげようという意図であったと思う。それ故に、その後消費者より「紬の訪問着は何時着るのですか」という質問が絶えない。
生産者がはっきりとした意図があったとしても、それはしきたりとは言えない。しきたりとは昔から人々が育んでくるもので誰かが提唱する物では無いからである。
私の店では紬の訪問着は扱っていない。お客様にいつ着たら良いのかはっきりと説明できないような商品を売るわけにはいかないからである。大島紬の訪問着ともなれば数十万円はくだらない。お客様の立場に立てば、大枚をはたいて買った着物がいつ着て良いのか分からないのは不本意であろう。
紬の絵羽はいつ着られるのか、売る立場の人はどのように説明しているのだろう。
私が問屋にいる時分、幾店かの小売屋で紬の絵羽を販売する様を見てきたが、その説明というのは百店百様であった。
「同窓会などで・・・」から「結婚式も出られますよ・・・」というようにセミフォーマルからフォーマルまで。また「いつでも着られますよ。おしゃれ着として・・・。」という人もあった。ようするにコンセンサス、決められたしきたりはないのである。
さて、ここできもののしきたりの話に戻そう。
巷できもののしきたりと言われている物は昔からあった物だと思いがちだが、案外そうでない例はたくさんある。
その例として紗袷と紬の絵羽を挙げた。
紗袷、紬の絵羽、どちらも今後長い時間を掛けて本当のしきたりができてくるのだろう。新しく創ったものに、これがしきたりであると言った言い方は間違っている。
つづく