全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅳ ⅴ 日本の染織の将来(その5)
最近、仕入れに行くと、帯の値段が安くなっているように感じる。帯を仕入れる場合、お客様の注文であったり、在庫の不足分であったりする。どちらにしても、「どのような帯」とはっきり意識して仕入れをしている。仕入れたい帯のイメージに合う帯を選ぶ為に織屋を指定することもある。
「〇〇織物の袋帯はありますか。」そういうと、
「はい、ありますよ。〇〇織物でしたらあの山です。」と言って問屋ではその織屋の帯を見せてくれる。
しかし、どの織屋の帯も昔イメージしていた物とは微妙に違ってきている。
「もう少し良い帯はないですか、〇〇織物でしたら昔△△が合ったでしょう。そんな帯ですよ。」私はもっと高級な帯をイメージして探すのだけれど、
「ああ、あれはもう織っていません。あの織屋は、今はそこにあるような帯が主流ですよ。」
目の前に積んである袋帯は、価格も安く高級感もない。かつては高級な帯が看板の織屋である。なぜそのようになってしまったのだろうか。問屋に聞くと、一言で言えば織屋はもうそんな力はないのだという。
第一に、昔売れていた織屋も今は生産が十分の一、あるいはそれ以下に落ちて高級品を創る力がなくなっている。消費者の求める安い帯など目先の商品を作るのが精一杯。回転の悪い価格の高い帯には手が回らない。高級な帯を織るには研究開発が必要である。研究開発と言えば大げさだが、帯のコストは織る手間だけではない。図案を起こし、色糸を決め、紋紙(今はプログラム)を起こす。糸を発注して機に掛けて織る。まだまだ細かい工程があるが大まかに言っても織る前に多くの手間を要する。しかし、今はその手間を捻出できない。従って、昔織っていた帯の紋紙を使い色糸を替えたりしてより安価な帯を織っているらしい。
第二に人手がなく新しい帯の開発ができない。西陣の織手の平均年齢は65歳を越えていると言う。今更新しい帯を織るのに挑戦するような若い力は少なくなっているらしい。
西陣の織屋は長い歴史を経て充分に蓄積された技術と創造力を持っているはずだが、安い売れやすい帯を無難に織ることを余儀なくされているようだ。
加賀友禅でも同じようなことが言える。加賀友禅を仕入れに行くと100枚以上の加賀友禅を見て仕入れる。しかし、昔のイメージの加賀友禅は少ない。なぜそうなのか。
一つの理由として、新進の作家が伝統的な加賀友禅の手法に拘らずに創作している。加賀友禅には、加賀五彩と呼ばれる加賀友禅独特の彩色。虫食いと呼ばれる加賀友禅ならではの柄があったけれども、最近はそれに捉われない彩色や柄付がなされている。それらは、時代の変遷ととらえることができるけれども、もう一つの大きな理由は、柄の重いものが少なくなっている。柄の少ない附下程度の加賀友禅が山積みされている。
「これらは主にナショナルチェーン向けです。」と問屋さんが言う。高額品が売れなくなり、「加賀友禅」という名前で売るために買いやすい価格の作品が多いのだろうと思う。