全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅵ-ⅱ「豆腐屋」「草履屋」「呉服屋」(その2)
30年前の呉服業界と言えば、衰えたとは言え今よりはまだまだ盛んだった。それでも業界では「水面下に沈む」と言う危機意識があった。その織屋のおやじさんが続けて言ったのは次の様だった。
「京都で豆腐屋は昔、どこにでもあった。しかし、今はそのほとんどが店を閉めている。しかし、今生き残っている豆腐屋は全て高額所得者だよ。」
京都でも他と同じで豆腐屋は淘汰され、残っている豆腐屋は少ない。その間厳しい生き残り戦争があっていくつかの豆腐屋は残っている。京都で残った豆腐屋は「京都〇〇豆腐店」として全国に名を馳せて生き残っている。中には大手の量販豆腐屋になったところもあるだろうし、小さいながらも知名度を上げて地道に残っている豆腐屋もある。
呉服店も同じで、「今の生き残り戦争に勝てれば、道が開ける。」と言うのが、その織屋のおやじさんの言う所であった。
それから30年以上経ったが、私は何とか呉服業に踏みとどまり生き残ってきた。周りを見れば、なるほど呉服屋は激減している。しかし、それ以上に業界の規模は縮小し決して商売が楽になってはいない。何時京都の豆腐屋になれるものかと思っているが、どうもそうはなりそうにない。京都の豆腐屋のような呉服屋は見当たらない。
さて、草履屋はどうかと言うと、呉服屋と同じく店は激減している。しかし、生き残った草履屋は、京都の豆腐屋と同じでその業界では確固たる地位を確保しているようにも思える。激しい生き残り戦争を経て光が見えている「豆腐屋」「草履屋」、どこまでも光が見えない「呉服屋」。いったいどこが違っているのだろう。
「豆腐屋」について考えてみよう。豆腐は日本食には必要欠くべからざる食品である。昔に比べて消費量は減ってはいないだろう。もし、減っていたとしても、呉服業界のように30年前の十分の一と言うことはない。豆腐の業界としては自然に淘汰される範囲だろうと思う。問題は、大量生産化が進み豆腐屋の数が減っている事である。
スーパーに並んでいる豆腐を見ると大手の豆腐生産者がほとんどである。あちらのスーパー、こちらのスーパーでも同じ豆腐を扱っている。中には大手スーパーが食品会社を設立して自前の豆腐を店頭に並べているところさえある。
しかし、一方で地道に豆腐を作っている店もある。昔のようにパパママだけで豆腐を作っている店は少なくなったが、小規模でブランドを守りながら豆腐を作り続けている店もある。
「あの豆腐屋の豆腐が美味しい。」と言う評判がたてば、たちまちにして人気店になる。大手の豆腐屋が作った豆腐とは一線を画し、差別化がなされている。しかし、豆腐の価格にはそれほど開きがない。スーパーで売っている数十円の豆腐もあるし、数百円の高級豆腐もあるが、それらの価格の差は大豆の種類と凝固剤の違いだと豆腐屋さんに聞いたことがある。天然の凝固剤であるニガリと化学製品では価格が十倍も違うという。それらが価格に反映しているのだけれども、その他の付加価値の違いは少ない。呉服業界のように、流通経路によって、または小売屋の意向によって価格が五倍も十倍にもなるということはない。
織屋のおやじさんが言う京都の豆腐屋は原料を厳選し製法を維持しながら味を守り続けているのだろう。豆腐屋でも、そのブランドの付加価値として少々価格に反映されているかもしれないが、それは消費者の受け入れるところであり、納得して豆腐が売れているのである。
豆腐の業界は、伝統的な生産者と大量生産技術がもたらす量産が巧くすみ分けながら日本の食材である豆腐を守っているように思える。そして、それを支えているのは消費者であり、消費者は品質と価格を良く理解しているのである。
つづく