全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅵ-ⅵ 古い着物はどうしたらよいか (着物のメンテナンス) (その12)
【古い訪問着】
古い訪問着を持ち込んで相談されることもある。
古いと言っても、母親の訪問着であったり叔母から貰った訪問着であれば仕立て返してお召しになるのをお勧めしている。体格が余り違わないのであれば、仕立て替えも必要ない。少々の寸法の違いは着物では吸収できるので、柄が気に入れば丸洗いして着る事ができる。
問題になるのは、それ以前のもっと古い訪問着である。50~60代の人であれば、その母親の嫁入りで仕立てた昭和20~30年代の訪問着である。それらの訪問着を仕立て替えて着るのに抵抗があるのにはいくつかの理由がある。
まず、柄が古い事。日本の着物においては柄の流行はなく柄に古い新しいはない。とは言っても、今は余り描かれない柄を見ると、「古くさい」と感じてしまうのだろうか。確かにその気持ちも分からないでもない。
次に、昔の反物は今よりも幅が狭いので、背が高く裄の長い人は、仕立て替えても十分に裄丈が採れない。裄丈は、不用意に長く仕立てている人もいるが、これは、仕立て替えられない決定的な理由となる。仕立て替えられない着物は、役に立たない古着でしかなくなってしまう。
三番目に、シミやヤケ、擦れなどがあって、仕立て替える気になれないものもある。シミは直ぐに対応すればほとんどきれいに抜けるのだけれども、数十年放置されたシミは取れないものが多い。また、汗が付いたまま長年保管していたために黄色く黄変しているものがある。ヤケや擦れも古い着物にはつきもので、これらも仕立て替えて着ようとする気持ちを萎えさせてしまう。
以上の様な理由で古い訪問着を仕立て替えせずに処分、またはそのまま捨てずに箪笥の底に眠らせてしまうケースが多い。
しかし、私の目には、昔の訪問着はとても魅力的に見える。染は、現代のそれとは違って大胆ではあるが非常に繊細に染められている。プリントや型染、果てはインクジェットの染といった手法のなかった昔の染は手を掛けて染められている事が感じられる。
さて、仕立て替えられないそれらの訪問着はどのようにしたらよいのだろうか。
軽度のシミやヤケであれば、ヤケを直したり濃い色の地色に染めることもできるが、前述したように物によっては加工代が掛かってしまう。希少品であったり思い入れのある訪問着であればそれもお勧めする。それほどでもない場合は、子供用に仕立て替えを考えて見てはいかがだろうか。私の店では何度か仕立て返して喜ばれた。
子供の着物であれば生地の幅は問題ない。シミの位置やヤケの位置を考えながら四つ身や一つ身に仕立て替えるのである。四つ身と言っても幅を狭くするわけだから、絵羽柄がきちっと会うわけではないし、一つ身(祝い着)と言っても一つ身ではなく、背縫いが入ってしまう。完全な形で仕立て替えられるわけではないけれども、今はない染の良さと母親や祖母が着た着物に対する思い入れを大切に仕立て替えるのである。
今、手描きの四つ身や一つ身にはお目にかからないし、あったとしてもとても高価である。その点、母親が着た手描きの訪問着を娘の祝い着として娘に纏わせるのはとても意味のある事かと思う。
呉服屋としてお客様にそのような提案をするのだけれども、そこにはお客様の理解が必要である。仕立士は最新の注意と知恵を絞って訪問着をどのように裁って、どのように縫い合わせるかを考える。絵羽柄が崩れるのはしょうがないとしても、如何にして絵羽の雰囲気を壊さないように裁って縫い合わせるのか。シミやヤケがあった場合、どのようにしてそれを避けて仕立て上げるのか。それは職人技と言える。
しかし、出来上がった着物をみて、「絵羽柄がずれている」「柄が切れている」「本来の四つ身とは柄付けが違う」「目立たないところだけれどもシミが残っている」と言う評価を受けるようであればお勧めできない。
出来上がった着物をどのように評価するかは消費者である。現代の消費者の目は、画一的、工業規格品を見るような目で見る傾向がある。手作りによる染や織の誤差を難物と見られてしまう。注染の折り返しにできるわずかな染難、紬糸のやや大きな節を手造り故の味と見るか難物と見るかは消費者の目に掛かっている。
工業規格品通りの成果を期待される方には訪問着を子供の着物に仕立て替えるのはお勧めできない。しかし、きもの本来の染の良さや思い入れを大切にするのならば、古い訪問着の利用法を考えて、呉服屋に相談して見てはいかがだろうか。本当の呉服屋であれば知恵を絞ってくれるはずである。