全日本きもの研究会
Ⅱ.きものの販売手法 ⅲ訪問販売
訪問販売という言葉は何時ごろからあるのだろう。言葉は無くても商売の一形態として遥か昔から行われている。
前述した御用聞きや行商、私の祖父が行っていた地主への販売もこれにあたる。呉服のかつぎ屋と呼ばれる商売も訪問販売であった。また、「越中富山の薬売り」は制度化された訪問販売で全国を股に掛けていた。
それらはれっきとした商売として長年行われてきたが、ここ2~30年の間に「訪問販売」と言う言葉のニュアンスに変化が起こっている。
訪問販売法(現・特定商取引法)という法律が昭和51年に制定されたことがそれを如実に語っている。この法律は後に改正され、訪問販売のみならず通信販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引(マルチ商法)、語学教室やエステなどの特定継続的役務提供、業務提供誘引販売取引(内職商法)などを含めて特定商取引法となった。
これらの法律は、列記された商法が社会的に害を及ぼすことを抑止する為に制定された法律である。残念ながら呉服の訪問販売が、その抑止すべき対象となった商法の重要な位置を締めていたことは間違いない。
法律改正後、クレジット会社の呉服店に対する締め付けが厳しくなり、事実上着物の販売にクレジットが使えなくなった(オリコ加盟店基本契約第13条禁止事項・5条等)事は、いかに呉服の訪問販売が社会的に害を及ぼしていたかの証左である。
訪問販売法(特定商取引法)で社会的な弊害として規制されているのは、商品価値や市場価格に比べて異常に高い価格、誇大広告、不適切な勧誘行為、執拗な勧誘を抑止するもので、これらはどの訪問販売の業種にも共通している。
度々訪問して執拗な勧誘によって物を売る、と言うのは商売の本筋ではない。一人暮らしの老人宅に度々訪問し、次々と商品を売る所謂「次々販売」はもはや犯罪の部類に入る。それらの業者は異業種間で連絡を取り合いながら、カモになる老人宅をマークしていたりすると言う。
訪問販売は、他の客とは切り離して客を囲い込むことができるので、一人暮らしの老人は格好の標的にされているのだろう。
現代の訪問販売はグレーゾーンが余りにも大きく、「訪問販売」と言う言葉に嫌悪感を抱く人も多くなっていると思う。
詐欺紛いの訪問販売は論外としても、訪問販売には呉服業界ならではの弊害もある。
特定の客に訪問販売を繰り返すうちに囲い込みを行って情報を遮断してしまう。自分は良心的な呉服屋を装い価格や商品の情報を操作してしまうのである。
以前、店のウィンドウを見ていた高齢のご婦人が入ってきて次のようなことを言った。
「表に小千谷が飾ってありますけど、小千谷ってまだあるんですか。」
そのご婦人は、出入りしている呉服屋から、「小千谷は今は作っていない。」「あるとすると20万円位する。」と聞かされていたという。小千谷縮は今でも十分に織られているし、価格は4~5万円程度である。
その他着物について話をすると、そのご婦人は浦島太郎のようであった。
そのご婦人は訪問してくる呉服屋に囲い込まれて商品の情報や価格の相場等、情報を遮断されているだろうことは手に取るように分かった。
呉服の訪問販売を受ける人の中には、「呉服は高いもの」「業者が持って来る商品だけが手に入る商品」と思い込まされている人も多いと思う。
訪問販売はもともと決して悪い商法ではない。店に出向いて行けない人にとっては大変ありがたい商法でもある。
呉服が売れなくなり、店に買いに来てくれるお客も減り、「積極的にお客様を訪問し、売上を確保する。」のは良いけれども、それがエスカレートしてグレーゾーンからブラックゾーンに足を踏み入れてはならない。
しかし、訪問販売は第三者の目が届きにくく、ブラックゾーンへ入りやすい商法である。
消費者は、訪問販売を受けたときには、自分は囲い込まれてはいないのか、情報を遮断されてはいないのか、他の呉服屋での価格は、など十分な情報と向き合いながら対応することが必要である。