全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-46 呉服屋コロナ騒動「日本経済はかくも脆弱か?」その6
「商品は十分にあり、資金があればいつでも供給される。」
そう言った価値観から見れば、この度のコロナ騒動、マスク騒動は、私にとって意外な展開だった。
「マスクの紐が手に入らない」「ビニール袋が手に入らない」「ミシン糸が手に入らない」「ミシン針が手に入らない」
いずれの商品も、私の目には「たかが」と思える商品である。
(「たかが」と言うのは、誤解を招きやすいが、その商品、その業界を卑下するものではなく、複雑な制作工程をいくつも経て作られるものではない物であろうと思われる、と言う意味である)
一度に需要が高まり品薄となった、と言うのは分かるけれども、何故そんなに長く品切れが続くのだろう。商売をする者から見れば、「市場が求めているのだから、もっとどんどん生産すればよい」と思える。しかし、一向にマスクの紐は出回らない。
海外とのサプライチェーンが断ち切られ、部品が入らず車が造れない。便器が中国から入らずに住宅が完成しない、と言うような話は新聞等で報道された。それはそれでうなずける。
一次製品に近いように思える紐や糸が簡単に増産できない。それほど日本の経済は脆弱なのだろうかと思ってしまった。
しかし、考えて見れば、マスクを取って見ても尋常ではない需要の伸びである。
普段マスクを使用するのは、風邪をひいた時、病院を訪れる時など極限られている。街を歩いてマスクをしている人の数はどれだけいるだろう。ほとんど皆無といって良い。しかし、今街を歩けばほとんどの人がマスクをしている。マスクをしない人を探す方が難しい。マスクの需要は数十倍、数百倍、あるいはそれ以上増えたのかもしれない。
当初のマスク不足は、言及するまでもなく入手が困難でさえあった。
長年私の頭にあった「お金があれば何でも手に入る。」と言う価値観は見事に崩れ去った。
「お金があれば何でも手に入る。」のは、あくまでも経済が安定している時である。その安定がいま崩れている。
日本経済の、と言うよりも資本主義経済の脆弱性は、急激な変化に対して対処できない事である。思ってもみないマスクの需要に供給は全く追い付かなくなった。
新型コロナによる生活の急激な変化で、飲食業、観光業をはじめ、あらゆる産業が麻痺状態に陥っている。これまでは、目先の売上が増えた減ったと一喜一憂してきたが、今思えば、それらは懐かしく、何と安泰な日々を送っていたのかとも思う。
つづく