全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-56 コロナ一年、アフターコロナは?(その8)
消費者の心理の変化は、我々小売屋の売上に大きく影響する。消費者がどのように変化するのかは、我々にとって関心事である。
消費者心理の変化は、コロナ禍によって、それまで積み上げられてきた矛盾に気が付くことから始まる。それでは、呉服業界はこれまでにどのような積み上げが行われてきたのか。
着物は、普段着や晴れ着として生活の必需品だった。戦後、物不足と高度経済成長に支えられて活況を呈していた。しかし、洋服の需要に押されて、着物の需要は次第に減り、必需品から嗜好品に変わって行った。需要の減少を補うために呉服業界は需要喚起の「レンガ」を一つ一つ積み上げてきた。
消費者を引き付けるために展示会を催し売上につなげる。消費者の箪笥の中にはなかった新しい商品を開発し販売する。着る機会を提供して消費者の購買意欲を高める等々。それらは決して間違った行き方ではなかったけれども、一つ一つ「レンガ」を積み重ねるうちに次第にねじ曲がって行った。
展示会で客を集める為の方法はエスカレートして行く。過度な接待や土産が伴い、勧誘方法は電話勧誘で始まり、訪問による強引な勧誘も行われる。確約と称して先に金を預かる商法も広まって行った。
着る機会を提供する催しも次第に華美になり、着る機会を提供するのか、着物を売る為に着る機会を提供するのか分からなくなってくる。着物人口を増やす為の無料着付け教室は、強引に着物を販売する為の手段となっている。
価格もエスカレートしている。元々は日本人全てが着物を着ていた。着物がそれ程高価だったはずはない。お姫様が手を通した高価な着物もあったが、庶民の普段着もあった。むしろ庶民の安価な着物が主流だっただろう。
しかし、今日、「着物は高いから」と言う目で見られている。着物はその製法、仕立替え乍ら長く着られると言う面を考えれば洋服と比べてそれ程高い物ではない。しかし、今日店頭に並んでいる着物は高額なものが多い。
着物の需要減少を補うために業界では利幅を拡大してきた。徐々に利幅を拡大してきたが、それを正当化する為の演出も行われている。
豪華な展示会を催して商品の付加価値を高める。招待旅行と称して、産地で展示会を行い販売する。その旅費等は全て商品価格に上載せさせる。商品の付加価値を高める為に作家を仕立て上げて商品価格を揚げる。中には型で作った染物を有名作家の作品と称してとてつもない高額で販売している例もある。このようにして設定される価格は、小売店によって異なるので、同じ商品でも安い店と高い店では10倍、あるいはそれ以上の価格となる。
価格にしても販売方法にしても、それらは一朝一夕にエスカレートしたのではなく、一つ一つ「レンガ」を積み重ねた成れの果てである。
昭和30年代に店頭で来客にコツコツ着物を販売していた店が一気に豪華な展示会を始めた訳ではない。3万円で販売していた小紋が翌日60万円の価格になった訳でもない。それらは長年かかって積み上げた「レンガ」がねじ曲がっていたとしか言いようがない。
業界では一つ一つ「レンガ」を積み上げる時にはレンガがねじ曲がって積まれている事には気が付かなかったかもしれない。消費者は、その時代その時代に着物に遭遇するので、「着物はこんなもの」と思って接していただろう。昭和30年代の着物愛好家が現代の着物事情を垣間見たとすると驚くに違いない。その反対に、今展示会で高額な着物を買った人(買わせられた人)が昭和30年代にタイムスリップしたとすれば、物価を差引いても「着物はこんなに安いんだ。」と思うだろうし、「本当の染は素晴らしい」とも思うだろう。
つづく