明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題

Ⅶ-66 呉服屋さん(その2)

ゆうきくんの言いたい放題

 全国的に「呉服屋さん」が激減しているが、私の店はいまだに「呉服屋さん」を続けているつもりである。

 しかし、最近私の店を「呉服屋さん」とは見てくれない人が増えて来た。店の前を通る人が店内を覗いて、
「ここは何屋さんかな?・・・あ、下駄屋さんだ。」
「お土産屋さんがある。」
「かんざし屋さんか。」
「何でも屋さんだ。」
そう言った声が聞こえてくる。店内には、きものも飾ってある。そのきものを見た人に、
「きものも売っているんですか。」
と聞かれ、
「ええ、呉服屋ですので。」
と応えている。

 表には、暖簾にも行灯にも「特撰呉服 結城屋」の文字が入っている。にも拘わらず、私の店が呉服屋に見えないらしい。

 その原因としては、店の構えが昔とは違って着たこと。それともう一つは、「呉服屋」と言う認識が市民からは遠ざかっているのではないかとも思える。

 昔の呉服屋は、きものを沢山飾っていた。私の店も30年位前までは、表にショーウィンドウがあり、店内には衣桁や橦木を何本も置いてきものを飾っていた。そして棚にも反物を所狭しと並べていた。一目見れば、誰でも呉服屋だと思っただろう。

 しかし、今の私の店は、ショーウィンドウはなく、表から見えるのは衣桁が一基、そして、奥に橦木を五本並べているだけである。反物や絵羽のきものは全てしまってある。必要な時にお客様にお目に掛けている。

 きものを表に出さなくなったのには訳がある。昔はきものが良く売れた。仕入れの数も今とは比べ物にならないくらいで、それらが売れて回転していた。きものが売れた分、新しいきものを次々に仕入れる。店頭に飾った商品はお客様の目に留まり売れて行く。売れなくても次々に商品が入って来るので、飾るきものには困らない。そんな時代だった。

 しかし、きものの販売量は激減し、仕入れる数量も激減した。店頭にきものを飾っても開店しないので、大量のきものを長期間飾ることになる。大切な商品であるきものをそじさせる訳には行かない。余りに長期間店頭に飾れば、焼けてしまう恐れもある。

 そういう訳で、大切なきものは仕舞っておいて、必要なお客様に広げてお目に掛けるようにしている。

 また、扱う商品も昔とは変わってきた。昔は、下駄屋草履屋が沢山あったので、下駄や草履はそれ程扱っていなかった。私が子供の頃、下駄屋さんは一町内に一軒あったように思う。しかし、それもほとんど姿を消し、山形市内に残っている下駄屋さんは1~2軒。草履屋さんは皆無である。

 そんな訳で20年位前から、下駄や草履に力を入れている。こちらはきものと違って店頭に並べてある。店頭で下駄草履が幅を利かせているので下駄屋さんと思われるのだろう。

                                                     つづく

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