全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-66 呉服屋さん(その3)
帯締めや帯揚も引き出しにしまってある。そして、その代わりに店頭で幅を利かせているのは小物雑貨である。私の店の前は、観光客も良く通るので、小物雑貨に加えて山形の産品も並べてある。紅花染めの小物や山形の陶器、山形のスリッパ等。メーカーの人が是非置いてほしいと持ってきた物もある。それらの商品は、昔呉服屋では扱わなかったものだけれども、呉服の販売量が減って来た今日、売上の重要な一角を占めるに至っている。
また、お客様の目線も昔とは変わってきたこともその一因である。若い人にとって「呉服屋」と言うイメージがはっきりとしない。全く無縁になってきている人もいる、と言う事実である。
呉服屋を利用したことのない人にとっては、「呉服屋」とはどんな店なのかは分からないし、呉服そのものに縁がない人にとって「呉服屋」は何を売っているのかも分からないかもしれない。
ある時、店の前を歩いていた若い人の声が聞こえて来た。
「あっ呉服屋がある。呉服屋だって。」
文字にすると、その時のニュアンスは掴めないかもしれないが、その若者は呉服屋を見たことがなかったのか、あるいは呉服屋が未だに存在していることに驚いているのか、何か不思議な店を発見した、と言う風だった。
私の店が何屋さんか分からない人、奇異な目で見ている人でも、店に入って買い物をしてくれる人は皆お客様である。店がどのような目で見られようとも、呉服の事は分からなくてもハンカチ一枚でも買い物をしていただければ有難いお客様である。そう言うお客様は増えているし、もっと増やそうと思っている。
しかし、それでは呉服はどうなるのか。次第にお客様の軸足が呉服から離れて行くのかと言えば、そんなことはない。私の店は呉服の需要に十分に応えていると思っている。
きものや帯を買いに来る人は激減している。しかし、きものを求めて来店される方は十分にいらっしゃる。
「きものを求めて」と言うのは、必ずしもきものや帯を買う事を意味しない。「きものを求める」人と言うのはきものを着る為の何らかの必要があって来店されるお客様である。
きものや帯を買われるお客様ももちろんいらっしゃる。その方たちは自主的に(大変おかしな言い方だけれども)お出でになるお客様である。私の店では展示会は行わない。電話で勧誘したり訪問したりもしない。私の店できものを誂えたいと思って来てくださっている。中には数十年ぶりのお客様もいらっしゃる。その方たちを大切にして商売は繋がっている。
また、仕立替えや洗い張り、染抜き、修繕などできものや帯を持ち込まれる方も多い。いわばきもののメンテナンスである。私の店ではほとんどのメンテナンスを喜んで承っている。古いきものも修繕の仕方で非常に安く上がったりもする。きもののメンテナンスを呉服屋には頼めないと思っている人もいる。
つづく