全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-79 きものの価値・物の価値(その14)
絞り染めは、疋田絞りのみならず様々に進化した。疋田絞りの他に桶絞り、帽子絞り、三浦絞り、雪花絞り、嵐絞り、蜘蛛絞り等々、絞り職人の工夫が、素晴らしい表現創作を生んでいる。それぞれの絞り方が独特の絞り柄を染めている。しかし、具体的な柄を染める事は出来ず、偶然性も織り込みながら抽象的な柄が染められる。「絞り」と言う技法を考えれば、写実的な図柄は難しい、と考えるのが普通である。しかし、絞りで具体的な柄を染める方法が考えられた。辻が花である。
「辻が花」と言う言葉は既にきもの好きの人にはよく知られている。きっかけとなったのは、昭和50年代に起きた辻が花ブームである。火付け役は、久保田一竹氏である。
久保田一竹氏は素晴らしい創作を行い一世を風靡した。深い絞りの凹凸の中に久保田氏の独特の柄が埋もれている。幽玄な世界だった。久保田氏の作品は非常に高価で、とても庶民が買えるものではなかったが、他の染屋が一斉に「辻が花」を染め始めた。十日町では複数の染屋が相当数の辻が花を世に送り出していた。
久保田一竹氏の「辻が花」は、素晴らしい作品だったが、昔の「辻が花」を調べてみるとまるで違った染物であるのが分かる。
天平の原初の絞り染めは、防染の手段として布に何らかの柄を染めるのが目的だった。その柄は具体的なものではなく、思った通りの柄は出せなかった。しかし、絞りによって具体的な柄を染めるのが「辻が花染」である。
今日に伝わる安土桃山時代の辻が花染めを見ると、葵の紋や五三桐の模様を絞り染めで見事に染められている。そして、もう一つ注目するのは、絞り染めでありながら絞りの特徴である表面の凹凸がない事である。
天平の絞りも辻が花染も純粋に防染を目的としたもので、柄が形成されれば生地は延ばされて元の平らに生地になる。絞りで出来る凹凸を絞りの特徴としてその風合いを楽しむのは近年(明治以降かも知れない)のことで、絞り染めから発展した辻が花染めは、友禅染の様な柄を正確に描こうと言う物だった。
しかし、絞り染めは友禅染のような緻密な柄は描けないが、その良さは友禅染に引けを取らない。友禅染は友禅染の、絞り染めは絞り染めの良さがある。
同じように天平の三纈のもう一つの臈纈(ローケツ染)についても絞り染めと同じことが言える。
ローケツ染めは、溶かした蝋を筆で布に柄を描いて行く。布を染料に浸けると蝋の浸みた部分は防染され色が染まらない。しかし、絵具を用いて絵を描くのとは違い繊細な絵は描けない。
ローケツ染めは、友禅染や絞り染めとも違う独特の絵柄である。また、乾いた蝋がひび割れた痕もローケツ染めの特徴である。原始的な染色法とは言え、他の染色法にはない味わいがある。
もう一つの三纈である夾纈は「板締め染色法」とも呼ばれるが、この詳細については、「きもの博物館24.夾纈染(きょうけちぞめ)」を参照していただきたいが、やはりその魅力は他の染色法で表せない。
友禅染は着物の染色の集大成と書いたけれども、友禅染が他のそれまでの染色法より全てにおいて魅力がある訳ではない。それぞれの染色法にはそれぞれの魅力があり、それを引き出すのは、それを行う熟練の職人であり表現創作を行う染織作家の力である。
それらを見抜くことが着物の価値を見抜く事である。
つづく