全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-79 きものの価値・物の価値(その16)
その違いは、やはり糸にある。
日本の着物生地の原点は麻生地である。絹や綿はずっと後になって日本に入り作られるようになった。元々は麻織物が主流である。昔は冬場、詰め物をした麻の綿入れ(入っているのは綿ではないけれども)を着ていたという。
生地(織物)は、経糸緯糸を交差させて織って行く。その糸は、そのまま自然には存在せず人手で作らねばならない。現在では化学繊維を含めて糸を作る様々な方法があるが、昔は木の皮を剥いで、それを割き細い糸状のものを作って繋いでいった。
着物好きの人なら良く知っている榀布が典型的な例である。榀の皮を剥いで、その裏側の柔らかい部分を使って糸を作る。糸と言っても絹糸や綿糸とはとても似つかない硬い糸である。それを織って榀布を作った。
麻も同じで、剥いだ皮を使って細い糸を作って、それを繋いで長い糸にした。糸を作るには皮を爪で割きながら、できるだけ細く、またできるだけ均質に糸を作って行く。そしてそれを一本一本結びながら長い糸を作って麻織物を織っていた。非常に手間の掛かる仕事であったけれども、昔はその方法しかなかっただろう。
麻織物は、昔は全国各地でこのような方法で織られていたのだろう。今とは違って、「人件費」と言う概念もなく、テレビや娯楽もない時代には夜の仕事として皆で糸を作っていたかもしれない。
そんな手績みの麻織物は、全国で次第に姿を消したのかもしれないが、その製法を連綿と今日まで守ってきたのが「上布」と呼ばれる麻織物である。越後上布、能登上布、宮古上布である。非常な手間が価格に跳ね返って高価な織物になっている。
一方、繊維の加工技術、紡績の技術の向上、機械化によって糸はより細く均質に作られるようになった。
一般に出回っている小千谷縮はラミー糸(紡績糸)が使われている。糸を績む手間は格段と少なくなり、価格も廉価にできるようになった。その為に、先に記したような「上布」と「小千谷縮」の価格差が現出したのである。
小千谷縮は夏場、非常に重宝である。着てとても涼しい。汗を吸い、乾きやすく、またシャリ感が生地と肌の間に空間を創り、着物の中を風が通って行く。暑い夏には持って来いの着物である。
「小千谷縮は安価で夏場に最適」
と書けば、
「それでは、高価な上布は…?」
と思われるかもしれない。
小千谷縮は、それほど良い織物であれば(確かに良い織物である)、高価な上布など誰が着るのだろうかと思われるかもしれない。
小千谷縮が良い織物であるというのは、「夏に着るのに良い着物」と言う意味である。しかし、上布と比べてみれば、上布が何故価値があるのかは分かってくる。
つづく