全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-79 きものの価値・物の価値(その7)
同じような例をもう一つ。
伝統的な型染に江戸小紋がある。江戸小紋は伊勢型と呼ばれる柿渋を縫った和紙に型を彫り、その型で反物に柄を染めて行く。
江戸小紋の代表的な柄は「鮫」である。元々は紀州藩の藩士が江戸城に登城する際身に付けた裃の柄だった。「鮫」は紀州藩士しか身に付けられない留柄だった。「鮫」は「通し」「行儀」と共に江戸小紋三役と呼ばれている。他にも「胡麻」や「霰」、「万筋」と呼ばれる江戸小紋がある。
「万筋」は細い縦縞の模様である。万筋を染めるには、伊勢型を縦にスリット状に縞柄を彫る。長さ20~30cmの型を継いで13mの反物に染めるのであるが、型継の跡がないように染めるのが染師の職人技である。
型はより細かく、1寸巾に19~21本彫られるが、人間国宝の彫り師、児玉博氏が彫った「微塵縞」は1寸巾に31本彫られている。江戸小紋は彫り師と染師の職人技のハーモニーで出来るのである。
江戸小紋も技術革新により機械で染められるようになった。手拭いと同じく捺染と言う方法である。二つの江戸小紋を比べてみよう。
左が捺染で染めた万筋の江戸小紋。右は人間国宝児玉博氏の型による万筋木賊、染は浅野栄一氏である。違いは分かるだろうか。もっと近くに寄ってみる。
縞が良く見える。捺染(上、黒)は整然と細い線が見える。きれいな縦縞模様である。下(黄色)の職人による型染も線が見える。左の捺染の万筋寄りも遥かに細かい万筋なので少々見えにくいかもしれないが線が見える。どちらも万筋ではあるが、どこか違って見えないだろうか。
捺染の万筋は整然と線が並んでいる。それに対して型染は、整然と並んではいるが、全体的に靄が掛かったように見えないだろうか。もう一度遠くからの画像を見て頂きたい。
捺染は縞が整然と正確に並んでいる為に遠くから見ると線が感じられなくなる。(画像処理によるモアレが入っているが)
印刷で「網掛け」と呼ばれる色を薄くする方法がある。細かい網を掛けて印刷すると、濃いインクでも薄く印刷される。それと同じである。正確な万筋は、遠くから見ると色無地にしか見えない。
しかし、型染の方は、人間の手による限界の正確な線を引いているが、僅かな歪みがある。その歪みが遠目には無地ではなく、靄が掛かったような線が感じられるのである。
豆絞りと同じように手業の暖かさは機械ではとても表現できないのである。一見同じように見える万筋でも手づくりの江戸小紋は暖かさを感じさせてくれる。
つづく