明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題

Ⅶ-79 きものの価値・物の価値(その8)

ゆうきくんの言いたい放題

 手づくりの良さは染織品だけではなく、あらゆる工芸品でも同じことが言える。手づくりの工芸品と言うと、偉い作家が造った高価な作品を思い浮かべるかもしれないが、手づくりの工芸品は身の回りにも転がっている。「手づくりイコール高価な工芸品」と言う考えを捨てなければ、本当の手づくりの良さを理解できない。

 私の曾祖母の実家は地主だった。山形近郊(現在は山形市)の村の村長も務めた地主である。蔵には何が入っているのか分からない、と言う話も聞いたことがある。工芸品や軸物など沢山あるらしい。私の店が100周年の時、昔の着物を展示しようと、頼み込んで蔵に有った衣装を貸してもらった事があった。絽の振袖から綿入の振袖まで、またこれは何時どのようにして着たのだろうかと思える着物もあった。

 その家の御当主は良い物を見て育っている。良い物ばかり見て育った人は、物の良し悪しが分かる、と言われる。ある時、その家を訪ねた時の事である。

 もう夕方だったので、御当主は「ちょっと飲んでいけ」と私を引き留めた。その家で酒を飲むのは御当主だけ。奥さんも息子達も酒を飲まない。いつも一人独酌で飲んでいるのだが、飲む相手を見つけると誘うのだった。

 私はバイクで伺っていたのだが、「バイクは置いて行け」と言われ、酒を飲むことになった。

 さて、その御当主は自分が釣りで獲って来た魚を自分で加工して酒の肴を作る。山形の地主は自分で農作業もするし川で魚を釣ったりもする。大きな座敷でふんぞり返っているようなイメージとはかけ離れている。

 自慢げに自分が作った肴を出して、酒を出した。話は、その酒を入れて出した徳利についてである。

 徳利はガラス製であった。とても高価とは言えない唯のガラスの徳利に見えた。塗り物の飯台に向かい合って座り、手を伸ばして酒を注いでくれた。

 当時私は30代、御当主は60代である。二人が元地主の古い家で向かい合って酒を飲んでいる姿は不釣り合いだったかもしれない。しばらく飲んで後御当主は徳利を私の目の前に置いて言った。
「やっちゃん。この徳利いいべ。」
「やっちゃん」とは私の事。「いいべ」とは山形弁で「良いだろう」の意味である。

 私はそれ程徳利に気は留めなかったが、目の前に置かれると何か感じる物がある。しかし、高価だとはとても思えなかった。次の画像がその徳利である。

 よく見ると、ガラスは非常に薄くできている。そして、形が少し歪んでいる様に見える。御当主は、私が不思議そうに徳利を見ていると、少し笑いながら言った

つづく

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