全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-81 コロナの功罪(呉服業界)その2
コロナ禍の下、着物を着る人達が減って小売の現場は相当に影響を受けた。しかし、徐々にその影響は減り元に戻りつつあるように見える。それでも完全に元に戻ることはないと私は思うけれども、少しずつ着物を着る人が増えてきたのも事実である。
そう言う意味では、我々小売屋の段階では一筋の光明が見えてきたようにも思える。しかし、もっと川上、即ち生産現場では我々小売屋以上に打撃を受けている。
お客様から注文があると、該当する商品がお店に無い時には問屋から取り寄せる。その商品を扱っている問屋に電話して取り寄せるのだが、昔の様に簡単に商品が見つからない。
昔は二、三社に電話をすれば即座に見つかったものだが、だいたい問屋の数は激減している。そして、電話をしても「ありません」の答えが多い。
先日、お客様の注文で紬を探した。特殊な紬で私も余り見たことのない紬だった。紬を扱っている問屋に問い合わせると、商品は直ぐに特定できたが現物は無いという。それで産地に聞いてみるという話だった。二社の問屋で同じような回答だったので返事を待った。
数日して返事があったが、
「見つかりましたが無地なんです。」
お客様は絣を探されていた。
「探しているのは絣なんです。」
「分かりました。もう少し探してみます。」
もう一社の問屋もだいたい同じような返事だった。
その紬の産地は30年くらい前に訪れたことがある。
「あの島では〇〇さんと言う方が商品を一手に集めて卸していましたよね。」
当時は、個人で織っている織屋をまわって商品を集める業者が居た。個人で織っている人は商品を上手く流通に乗せられない。そこで、産地の問屋が個人をまわって商品を集めて流していた。また、効率よく生産する為に生産工場を造って職人を集めて織って居たりもした。それもこれも当時は良く商品が動いたために成せた技であった。
問屋は、
「ああ、〇〇さんは大分前にやめてます。」
「まだ紬は織られているんでしょ。」
「ええ、まだ織っていますよ。だけど本当に少ないですよ。特にコロナになって織っているかどうか分かりません。」
只でさえ縮小している紬の産地をコロナ禍は直撃している。
私の店では、黒共帯(喪服用帯)はずっと一社の帯を扱っている。かつては、黒共帯は何社でも織っていたが、私の目に叶うのはその織屋の帯だった。
今時、黒共帯もそう数は出ない。それでも在庫が少なくなってきたので問屋に連絡した。
「〇〇の黒共帯を送ってください。柄を見て必要な帯を取って直ぐに返すから。」
以前は見本帳で注文していたが、最近は欠品が多くて現物を送ってもらう事にしている。問屋からの返事は、
「〇〇は、やめたっていう話だけどな。今店に商品がないので聞いてみます。」
そう言ってしばらくして返事が来た。
「〇〇は、もう織るのをやめています。ただしまだ在庫があるので送ることはできます。」
そして、沢山の黒共帯を送って来た。もう手に入らないとなると困るので、相当数仕入れた。後で聞くと、
「コロナが大分聞いたのでしょう。廃業の決断をしたらしいです。まだ在庫がある限り商売は続けるようですが。」
こう云う織元、染元ではコロナ禍の為に相当の激震が起こっているらしい。
つづく