明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題

Ⅶ-87 メリンス襦袢

ゆうきくんの言いたい放題

 前項「着物絶滅危惧種」を書き終えた直後にお客様から男物メリンス襦袢の注文を頂戴した。メリンスも絶滅危惧種である。神様がそう仕向けたのかどうか分からないが、ありがたい注文だった。

 そのお客様は着物を着慣れている方で、綿やウールの着物もお召しに成る。普段着用のメリンス襦袢が古くなったので新調しようとしたが、近くの呉服屋にはなく当社への注文となった。私の店には在庫が二反あり、喜んでいただけた。

 メリンスはウールの織物でモスリンとも呼ばれている。明治時代に日本に入ってきたもので、「唐縮緬」または「とうち」とも呼ばれていた。「唐縮緬」の「唐」は元々中国の「唐の国」を指し、お茶の世界で「唐物」は中国から入って来た貴重な茶器を指している。しかし、拡大解釈されたのか、明治以降西洋から流入した物にも「唐」の字が当てられた。

 そういう訳で「唐縮緬」は西洋からもたらされた「縮緬」と言う意味だが、メリンスは絹ではなくウール(羊毛)である。その頃のメリンスには撚りを強い掛けた糸を使っていたので、縮緬のようなシボがあり「唐縮緬」と呼ばれたらしい。

 ウールは当時新素材だっただろう。いつの時代も新素材は珍重される。ナイロンが発明され出回った頃、「絹よりも細く鋼鉄よりも強い」と言う触れ込みで珍重され、ナイロンのブラウスが高値で販売されたと言う。ナイロンのブラウスは電気が起きて、今ではとても着られそうもないけれども。

 ウールは実用性が十分にあった。綿よりも暖かく、絹よりもメンテナンスが楽である。メリンスは着物の他、布団地や綿入れの表地にも使われた。着物を普段に来ていた時代には無くてはならない素材として使われてきた。

 ウール素材の生地は、メリンスの他ネルやセルがある。いずれも最近までは市場に出回っていたが、これらも絶滅危惧種である。

 さて、メリンス襦袢は着物を着るのに欠かせなかった。私が山形に戻って来た40年前からずっとメリンス襦袢の在庫は欠かせなかった。それだけ需要があったのである。男性用、女性用それぞれ四~五反は常時在庫としてあったが、現在はそれぞれ一反しかない。

 メリンス襦袢は普段着用である。普段着用としてのメリットは、まずメンテナンスが楽である。そして価格が安い。

 普段着が欲しいとお出でになるお客様、特に初めて着物をお召しに成る方は「着物は高い」と言う印象を持っている方が多い。
「着物から襦袢、帯まで作ると何十万かかるの。」
と言う不安を抱きつつ来店される。いや、来店せずに諦めている方も多いと思う。

 元々日本人は普段に着物を着ていた。その普段の着物が全て高価であったと言う事はない。諸民は綿や麻の着物を着て、それらを何度も仕立て替えしながら着ていた。高価な着物も安価な着物も、またそれらを合理的に着こなす術もあったはずである。

 メリンスは、明治時代に於いて着物の救世主的な役を果たしたのかもしれない。輸入された当時、メリンスはそれ程安価な生地ではなかったかもしれない。綿や麻よりも暖かく染色にも十分に応えた。次第に市民権を得て庶民の手の届く着物として定着していった。

 以前、お客様が普段着を作る時には、襦袢は必ずメリンスをお勧めした。理由は、メンテナンスと価格である。

 正絹の襦袢では汚れに気を遣う。普段着であれば尚更である。メリンス襦袢は柄が染めてあり、汚れが目立たない。耐水性もあり、正絹の様に気を使わない。そして、メリンス襦袢は正絹と比べて安価である。着物初心者にとってはぴったりである。

つづく

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