全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅵ-ⅱ「豆腐屋」「草履屋」「呉服屋」
「豆腐屋」「草履屋」「呉服屋」、いずれも似た境遇にある業界である。どれも日本の伝統産業であり、長い時を経て日本の伝統を守り伝えている。もう一つの共通点は、店が減っている事である。
昔豆腐屋では、朝早く豆腐をつくり、早朝から客が来る。私も朝早く豆腐を買いに行かせられた。豆腐屋の親父さんが、できたばかりの大きな豆腐を水槽にそっと入れ、それを掌で浮かせながら切って行く。最後は板に乗せて一丁の大きさに切って弁当箱に入れてくれる。そんな豆腐屋さんは何軒もあったし、自転車の荷台に豆腐を入れた箱を載せて売りに来る豆腐屋さんもあった。しかし、今はそんな豆腐屋さんは見かけなくなってしまった。
豆腐の消費量が昔に比べてどうなのかは知らないが、そう減っているわけでもないだろう。しかし、大手の豆腐屋さんが大量に生産し流通させている為に、パパママ豆腐屋さんの数は激減しているように思える。
草履屋は呉服屋と同じで斜陽産業である。着物を着なくなり洋服にとって代わられたのと同じように、草履は下駄に取って代わられてしまった。草履よりももっとカジュアルな下駄屋は、豆腐屋と同じように昔はあちこちにあったけれども、最近は下駄を専門とする店はほとんどなくなってしまった。
私の店に「草履の鼻緒を取り換えてもらえますか。」と言って入ってくるお客様がいる。また、通りを歩く人の中には、店を覗いて、「ああ、ここは下駄屋さんだ。」と言って行く人がいる。店頭に「特選呉服・・・・」と言う看板があるにもかかわらず呉服屋だとは思わないらしい。原因の一つは、呉服商品を余り露出していないからかもしれない。店頭には衣桁に着物を飾っているのだが、反物類は棚にしまってある。昔は着物を衣桁や撞木に何基も飾り、店頭に反物を並べていたが、最近は回転が悪いためにヤケを避けるために商品は棚にしまってある。
そしてもう一つの原因は、店頭に下駄や草履が並べている事である。外から覗けば下駄や草履が目に付くのだろう。他にも和雑貨が並べてあるので、「お土産屋さんかな。」と言って行く人もいる。
私も本当は着物を店頭に並べたいのだけれども、需要が減っている事に加え、草履屋さん下駄屋さんがなくなってしまったので、それらを呉服屋が扱わねばならなくなってしまった、と言う事情もある。
さて、何故「豆腐屋」「草履屋」「呉服屋」を取り上げたのか。以前、「きもの春秋」で書いたけれども、私が京都を離れた30数年前に織屋のおやじさんに言われた言葉である。
「結城君、今呉服業界は正に水面下に沈もうとしているけれども、今度水面に姿を現す時は楽しみだぞ。それまで頑張ってな。」
つづく