明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題

Ⅶ-ⅸ 染帯の怪(塩瀬帯の消滅)その2

ゆうきくんの言いたい放題

「以前は塩瀬も染めていたのですが、最近はやめました。展示会に出すとどうしようもないんです。」
 主人の話によると、展示会に塩瀬の帯を貸すと帯がボロボロになって帰ってくるという。

 塩瀬は羽二重の一種で太い緯糸を使い緻密で地厚な平織の生地です。縮緬と違って糸に撚りを掛けていませんので、堅くてしっかりとした生地です。表面もツルッとしています。染帯には適しているのですが、反面折れに弱いのと汚れに弱い性質があります。

 縮緬や紬地は柔らかいので折れ(シワ)には鷹揚ですが、堅い塩瀬の生地はシワに対して脆弱で、シワができるとなかなか元に戻りません。表面がツルッとしているだけに汚れが付きやすく、また目立ちやすいので取り扱いには注意が必要です。

 私も京都にいた時分、問屋の先輩に塩瀬の帯、特に白の帯の扱い方はよく注意されました。生地が織れないように、むやみに擦り付けたり汚れた手で触らないようにと。

 私は、染屋の主人が言う「展示会に出すとどうしようもないんです。」の意味は直ぐに呑み込めました。腫物を触るように扱わなければならない塩瀬の帯がぞんざいに扱われたらどうなるかは容易に想像できたからです。

 今の呉服の展示会で着物の事を理解している人がどれだけいるでしょうか。客を展示会に呼んでくるだけの社員。売る為だけの販売員、マネキン。その現場の風景は容易に想像できます。

 お客様の前に次々に帯を広げ、踏みつけたりシワができてもものともせずに売ることに専念する。お客様が希望すれば半分に折って体に巻き付けて鏡の前に立たせる。お客様に気に入っていただけなければそのまま放り出して販売に専念する。

 塩瀬の帯としてはたまったものではない。シワだらけになり汚され染屋に戻ってくる。中には新品としての価値がなくなってしまった物も出てくる。

 このように扱われるのは塩瀬の帯に限らないが、紬であればまた元通り新品の体裁を整えて出荷することができる。染屋として塩瀬の染帯を創りたがらない理由がそこにある。塩瀬の染帯を創らない染屋の主人の悩みは十分に理解できるし、いたしかたないとも言える。しかし、そこには呉服業界の深刻な問題がはらんでいる。

 一つは、商品の流通の問題である。展示会では多くの商品が必要なため、商品は委託(借りて)である。昔は小売業者が問屋から商品を借りていた。しかし、今は問屋の力がなくなり、問屋は商品を持っていない。したがって問屋は染屋、織屋から商品を借りたり、小売屋が染屋、織屋から直接商品を借りるようになった。

 昔は染屋、織屋はそれぞれの仕事に専念し物創りに励んでいた。創った商品はほとんど問屋が現金で買い取っていた。染屋、織屋は物創りに専念し、問屋はそれを買い取って全国の小売屋に売り渡す。メーカー、問屋、小売屋はそれぞれが責任を持ってその成すべき役割を果たしていた。

 しかし、今日小売屋も問屋も商品を買い取らず委託に頼っている。シワ寄せを食ったメーカーは多くの負担を強いられている。それに拍車を掛けているのが展示会である。そして一度展示会に商品を出品すれば、染上がったばかりの商品が見るも無残な姿で帰ってくる。そこに業界の流通形態の問題がある。

 もう一つの問題は展示会で商品を扱う人の問題である。
                                        つづく

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