全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-63 芸者(その5)
きものの仕立ては、繰越を大きく採る。背中が見えるくらいに繰越を採ると、身頃が後ろに引っ張られるようになるので、後ろの袖付けは前の袖付けよりも短くしてバランスをとる。立ち方の芸者さんは、踊りで腕を振り回すので袖付けには敏感である。
芸者さんが着るきもので、「ひきずり」と言うのがある。裾が長く引きずって歩くのでその名があるのだろう。歌舞伎で玉三郎など女形が踊る時に着ているのでお分かりの事と思う。
私は京都や東京の花柳界の事情を良く知らないので、祇園では神楽坂ではどんな時に着るのか分からない。
山形では昔100人以上の芸者がいた当時、立ち方の芸者は皆「引きずり」を持っていたらしい。正月やこれと言う座敷には「引きずり」を着たらしい。しかし、今山形で芸者の「引きずり」姿を見る事はなくなっていた。
数年前、山形の只一人の若い芸者さんから「引きずり」の注文を頂いた。いや、注文をくれたのは芸者さん本人ではなく、ひいき筋の人達からだった。結局私も一枚加わることになったが、私の店で「引きずり」の注文は初めてだった。
既製品で「引きずり」を扱う問屋はない。だいたい「引きずり」の既製品など創られていない。その芸者さんは、ひいき筋の人に気を使って「黒留袖を延ばしたりできないですか」とも言ってきたが、それでは「引きずり」にはならない。
八方手を尽くして、ようやくルートが見つかった。ある問屋さんが「引きずり」を染める人を知っていると言うのである。その問屋さんを介してようやくその染屋さんと連絡がとれた。
さて、その染屋さんからは「引きずり」を染めるのを承諾してもらったが、柄はどうするのか、いくらぐらいかかるのかが分からない。芸者さんに、祇園や先斗町の芸者さんの写真を見てもらい、大体のイメージを染屋さんに伝えた。
数日して染屋さんから柄の下描きが届いた。下描きは、模造紙を糊で貼り合わせた大きな紙に鉛筆でラフに描かれている。非常にラフではじめ驚いたが、大きく広げて全体的に見ると着物の柄が浮かんでくる。これを元に生地に青花の汁で下描きするのだろうけれども、染士の頭には具体的且つ精密に柄が刻み込まれているのだろう。
下描きを芸者さんに見せたが、やはり余りピンとこないのだろう。私以上に友禅になれていないのだから。それでも、良く見ながら了承し、染屋にその柄で染めてくれるように頼んだ。
出来上がった「引きずり」は素晴らしい物だった。価格は高価だったが、思っていたほどではなかった。その芸者さんの為に染めた、文字通りの逸品(一品)だった。
芸者さんがお礼にと、スポンサーになった人たちにお披露目をした。やはり、通常訪問着で踊っているが、鬘を付けた「引きずり」姿は別であった。
その芸者さんの「引きずり姿」を見たのはその後一回きりだった。「引きずり」はお客様から要請があった特別な座敷でしか着ない。もともとはもっと着ていたのだろうけれども、今では特別な場になっている。特別な場になってしまったのは、それを支える人が少なくなってしまったからなのだろう。
芸妓、芸子の文化は日本の世界に誇れる文化である。何とか後世に伝えたいものである。