全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅵ-ⅳ 成人式に思う(きものの将来)(その2)
昔からの着方に縛られない着物が増えている。芸能界の影響が大きいのかもしれない。昔は自分の父や母、祖父や祖母が着物を着ているのを見て育ち、着物を着るしきたりを目で学んでいただろうけれども、現在父や母が着物を着るのを見たことがない人が多い、いやほとんどかもしれない。
何時どんな時にどんな着物を着ればよいのかを見聞きせずに育った人にとっては、芸能界で見た衣装を着てみたいと思ってもしょうがない。貸衣装屋さんに並ぶ色とりどりの紋付を見て、「赤い紋付を着たい」「白の紋付で結婚式をしたい」と思っても何の不思議もない。伝統に縛られずに衣装は多種多様になっている。
伝統に縛られないのは着物だけではない。洋服もその傾向は否めない。
洋服についても昔とはだいぶ違ってきている。昔は結婚式と言えば男性は決まったように黒のスーツを着ていた。それ以外の人もいたけれども、それは極少数だった。それが西洋で正しいマナーなのかは疑問だが、日本ではずっとそういったしきたりだった。あるいは本場西洋から見ればずれていたかもしれないけれども、少なくとも晴れの場に合わせた洋服であることは間違いない。
しかし、最近は結婚式に普段着に近い衣装で出席する人もいる。女性の場合も、以前は「礼装はスカート」と言う不文律があったように思うが、最近はパンツスーツも晴れの衣装として市民権を得ているように思える。
衣装の自由化は晴れとケの境を緩やかに取り去っているようだ。この流れは、最近の人が無作法になったと受け止めるよりも、時代の流れと受け取らざるを得ない。
昔の高等学校は制服があった。男性は決まったように学生服。公立高校ではほとんどが黒の学生服。学校によってボタンが違い、バッジと共にそれがその高校のステータスだった。私立高校では、紺やグレーの学生服もあった。また都会の私立高校ではモダンな学生服もあった。もう五十年も前の話である。
私が高校に入る少し前に私の高校は制服が自由になっていた。県内では他の公立校に先駆けていた。しかし、自由と言ってもジーパンは禁止、色も控えめなものという制限があった。結果的に自由になったのは学生ズボンではなく市販のスラックスを履くぐらいだった。上着は九割がた学生服を着ていた。
今は学生服を着る高校生がずっと減っている。服装の自由、伝統に縛られない衣装はこんなところにも表れている。
つづく