明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの講座

1. 帯の話 その一

きもの講座

 今日は帯の話をします。帯の話と言いましても、大変奥が深くてとても一時間や二時間で語り尽くせるものではありません。

帯の話と言いますと、皆さんが一番御知りになりたいのは、どのきものにどの帯をあわせたら良いのか。どの帯はどんなきものに締めるのか、と言うことではないかと思います。

しかし、呉服用語は複雑で、非常に曖昧な使い方をします。従って帯の名称については、はっきりとした認識をお持ちではないのではないかと思います。名古屋帯、染帯、綴帯、塩瀬の帯など言葉では知っていても、それが何をあらわしているのかはっきりと分かる人は少ないのではないかと思います。

 そこで今日は第1回目ですので、帯の種類と名称につきまして詳しく説明したいと思います。 まず、この帯は何という帯でしょうか。(写真1)
「名古屋帯」「唐織」「九寸帯」「織帯」「西陣帯」あるいは「六通の帯」とも称されます。いずれの名称で呼んでいただいても間違いではありませんし、構いません。私もその場に応じて、この中のいずれかの名称で呼んでいます。

一本の帯をいくつもの名称で表すことが帯の名称を複雑なものにしているようにも思われるのですが、一つの物をいくつもの名称で呼ぶというのは珍しい事ではありません。

例えば人を紹介する場合に、
「こちらは、○野○子さんです。」
と、姓名で紹介する事もありますし、
「こちらは○○さんの奥様です。」
と紹介する事もあります。また、
「○○会社にお勤めの方です。」
時には、
「こちらは日本の方です。」
とか、
「この方は女性です。」
と紹介することもあるかもしれません。これらはいずれもその人のある面の性質を表すものであって、いずれも間違いではありません。

 帯の名称もこれと同じことで、帯の持つ様々な性質を名称が表しているに過ぎないわけです。

 しかし、呉服の世界では、名称も曖昧ならば、その使い方もまた曖昧で、先程の例で言いますと、ある会合において3人の人を紹介するのに、
「こちらは○○さんです。そしてこちらは日本の方で、こちらの方は女性です。」
というように名称の性質をゴチャマゼで使うものですから、聞く者が混乱してしまうのも無理もない話なのです。

 そう言うわけで、今日は帯の種類と名称をはっきりと説明したいと思います。

 帯の種類と名称は表に示した通りです。(表1)

 種類と致しましては、「帯の形体」「九寸か八寸か」「織か染か」「織り方や染め方」「生地」「産地」「柄の置き方」などがあります。もっと他にもあるかもしれません。

 まず帯の形体としては、丸帯、袋帯、名古屋帯、半幅帯があります。他にもまだ色々とあるのですが、現在良く使われている帯はこの四種類でしょう。

 丸帯は最近あまり見かけませんが、まだ西陣で織られています。約1尺8寸5分(約70センチ)、2尺近い幅で織り、それを半分に折って仕立て揚げて帯にします。従って表も裏も同じように柄があるとても重厚な帯です。最近は主に振袖用として使われますが、高価なこともあり、その数は希少品とも言えるほど少なくなっています。京都の舞妓さんが締める「だらりの帯」はこの丸帯です。舞妓さんの締める丸帯は別織で、垂先に屋号や家紋が織り込まれています。

  次に袋帯ですが、袋帯は皆さん良く知っておられると思います。袋帯はその名の通りに袋状になっている帯です。もともと袋帯は袋状に織られていました。これを本袋帯と言いまして、本袋帯には両脇に縫い目がありません。一方、表地と裏地を別々に織って縫い合わせた袋帯があります。これは本袋帯と区別するために縫袋帯と呼ぶ場合があります。今は本袋帯は少なく縫袋帯の方が圧倒的に多いようです。

 袋帯と共に皆さんが良く目にするのが名古屋帯です。今皆さんが締めておられる帯は袋帯か名古屋帯のどちらかでしょう。 先に申し上げました通り、きものの用語は大変曖昧です。曖昧と申しますのは、同じ言葉を狭い意味で使ったり広い意味で使ったりもしますし、時代とともに意味が変り元の意味とは全く違う言葉として使われることもあるからです。

  この名古屋帯という名称も時代と共に使われ方が変わってきました。名古屋帯についてその歴史をも含めて御説明しますと大変長くなってしまいますので、後でまた詳しく御説明するとして、ここではとりあえず名古屋帯というのは次のような帯だと解釈してください。あくまでも、とりあえずです。

  私達業界の人間の間では名古屋帯は「単太鼓で締める帯」という意味で使われています。袋帯は二重太鼓で締められます。それに対して名古屋帯は単太鼓で締められます。そして、もう一つ名古屋帯は袋状にはなっていないということです。名古屋帯には裏に芯を張る物と張らない物がありますが、これは後で説明します。とりあえず名古屋帯とはそういうものと解釈してください。

  実は単太鼓の帯の中でも袋状に成っているものもあります。単太鼓の袋帯と言った方が良いかもしれません。この帯は先に帯の形状の種類には揚げなかったのですが、「京袋帯」と呼ばれるものです。袋帯は長さが1丈8寸(約4メートル10センチ)。名古屋帯は約9尺5寸(3メートル60センチ)あります。京袋帯は形が袋帯でありながら長さが名古屋帯と同じ9尺5寸のものです。「京袋帯」と申し上げましたが、これも地方や呉服屋によって名称が異なるようです。「袋名古屋帯」と言う人もいるようですし、もっと別の名称で呼んでいる人もいるかもしれません。呉服の用語は面倒ですね。

  さて、最後の半幅帯につきましては皆様良く御存知だと思います。通常仕上がった帯は幅が8寸ですが、半幅帯は文字通り幅が4寸の帯です。普段着用として、また浴衣用の帯として使われているのは御承知の通りです。 一昔前までは半幅より広い6寸帯というのもありましたが最近は無くなってしまいました。いや、どこかで織っているかも知れませんが、私の店では10年程前に最後の1本を売って後問屋でお目にかかっておりません。 以上、帯の形体の説明を簡単に致しました。

  表の2番目には「九寸、八寸」と書いておきました。 皆さんは呉服屋さんで「九寸帯」「八寸帯」または「九寸名古屋」「八寸名古屋」という言葉を聞いた事がお有りだと思います。
「いったい、何が9寸なのか、8寸なのか。八寸帯と名古屋帯は違うのか。」
と、疑問を持たれた事と思います。

 この9寸、8寸というのは仕立てる前の帯の幅を表しています。

仕立て上がった帯の幅は通常(鯨尺で)8寸(約30センチ)です。袋帯は中に芯を入れて仕立てますので、仕立てる前も後も幅は8寸です。九寸帯というのは、仕立てる前の幅が9寸あります。九寸帯は裏に芯を張って仕立てます。その時両端を5分ずつ折って仕立てますので仕立て上がりは8寸になります。一方八寸の帯は仕立てる前も帯幅は8寸です。仕立に芯は使わず垂裏を約1尺5寸折ってかがり仕立をします。仕立てても帯幅は変わらず8寸になります。

 袋帯も幅は8寸で、昔は袋帯も含めて九寸以外の帯を八寸と称していた時期もあるようですが、現在は九寸八寸という言葉は名古屋帯に限って使われているようです。すなわち、「九寸名古屋帯」「八寸名古屋帯」というように使われますし、私も務めてそのように言うことにしています。八寸名古屋帯は芯を張りませんので比較的硬い生地が使われます。綴やすくい、博多に八寸名古屋帯が多いのはその為です。

 おっと、失礼「綴やすくい、博多」という言い方は大変曖昧な言い方でした。表に示しました通り、「綴」「すくい」と「博多」とは別の範疇の言葉なのですが、これで話が通ってしまうのです。呉服用語は難しいですね。

 話を元に戻します。次は「織か染か」という項目です。織帯と染帯、特に染帯という言葉は良く耳にすることと思います。文字通り織帯は織った帯、染帯は染めた帯という意味です。ここで言う「染」「織」というのは特別な意味を持っています。

 呉服の用語で「織物」というのは、糸の段階で色を染めて織ったもので、「染物」というのは生地に後から色を染めた物を言います。そう言う意味で、「織物」を「先染め」、「染物」を「後染め」とも言います。ここに並べた帯も皆「織った物だし、染めた物」だと思われるかもしれませんが、これらは織物と染物に分類されます。つまり、「織帯」と「染帯」です。

 織帯は染めた糸で織った帯。染帯は白生地に後で染めて柄をつけたものです。
 帯は圧倒的に織帯が多いので、他と区別して「染帯」という言葉が良く使われます。染帯は白生地に染め付けますので塩瀬や縮緬が多く使われています。また、紬の白生地に後染めした染帯もあります。

 さて、次は織り方や染め方がそのまま帯の名称として使われている例です。 「綴の帯」や「佐賀錦の帯」などは良く聞くところでしょう。これらは織の種類を指して言っています。「綴の帯」は綴という織の技法によって織られた帯で、「佐賀錦の帯」も佐賀錦という織物によってできている帯のことです。

 綴とはどんな技法なのか、佐賀錦とはどんな織物かという事に触れますと、また莫大な時間を要しますので、今回は省き、またの機会にお話しする事として、そのような織の技法や生地の名称、あるいは染の技法が帯の名称として用いられているということです。

 表に揚げました綴や佐賀錦を初めと致しまして唐織、すくい、紹巴、紗、羅、友禅、ろうけつ、刺繍など、まだまだ書ききれないほどの種類があります。

次に帯の生地が帯の名称とされる場合です。
 塩瀬の帯という名称は聞いた事があると思います。塩瀬というのは正確には塩瀬羽二重の略語ですが、塩瀬羽二重というのは厚地の羽二重生地のことを言います。それでは羽二重とは何かということになりますとまた話が長くなりますので後日に回させていただきますが、塩瀬と言うのはこのような生地です。(写真2)塩瀬は染帯の代表的な生地です。塩瀬の生地に染めた帯を塩瀬の帯と言います。また、紬生地の帯を紬の帯とも言っています。

 帯の話になりますと、西陣という言葉は避けて通れません。西陣の帯、博多帯という言い方がありますが、これらは帯の産地を表しています。

 ご存知の通り、西陣は帯地の大生産地です。最近の統計は見ていませんが、帯の8割以上は西陣で生産されていると思います。

 西陣という言葉はあくまでも生産地の名称であって品質を表すものではありません。もちろん西陣は帯の生産地としてプライドもあり、品質の保持には努力していますが、高級品も普及品も生産していますので西陣の帯が全て高級品という訳ではありません。
 西陣の帯につきましては後で詳しくお話しいたします。

 帯の生産は西陣の他に博多、桐生などで行っています。また、最近は中国でも帯が生産されています。しかし、博多帯という言葉は一つの括りとして使われていますが桐生帯や中国帯という言い方はあまりしないようです。

 博多の帯は経畝織と呼ばれる特徴的な織り方をしますので、博多帯と言えば一つの範疇を形成しているようです。

 最後に「全通帯」とか「六通帯」という帯の名前について説明します。

 全通、六通、太鼓というのはこのような帯です。(写真2)

 全通と言うのは、垂先から手まで全てに柄がある総柄の帯のことです。これに対して太鼓柄というのは太鼓と腹の部分だけに柄のある帯です。太鼓柄の帯は太鼓の真ん中に柄を出すのが難しいと思われた方も多いかもしれません。全通の場合は全てに柄がありますので、どのように締めても太鼓には柄が出る訳です。もっとも、おしゃれな人は総柄であってもどのように太鼓に柄を出すかを工夫されることと思いますが。

 もう一つ、六通という帯があります。六通の帯は、手の方から1尺の所から2尺5寸から3尺程度柄が抜けている帯です。中には手にも柄のないものもあります。他は柄が総付けになっていますので、帯を締めてしまえば全通と同じようになります。柄の抜けている部分は表に出ませんので、柄を省略しているわけです。手抜きというわけでは有りませんが、合理的に帯を創ったのだと思います。

 ここでもまた言葉の曖昧さが出てくるのですが、話の上で六通の帯を全通と称する場合があります。全通も六通も締めれば同じように全体柄となり、「全部柄がある。」という印象から全通と呼ぶのでしょう。六通という言葉は余りピンときませんから。

 以上が帯の種類と名称について説明しましたが、他に「付け帯」という帯もあります。「付け帯」というのは帯を切って太鼓と胴に分けて簡単に締められるようにしたものです。帯はその性質の側面から様々な名称で呼ばれているということを覚えておいて下さい。

 先程、名古屋帯について説明しましたが、もう少し詳しく申し上げます。

 呉服用語は時代と共にその意味が変ると申し上げましたが、名古屋帯はその良い例です。名古屋帯の名古屋というのは、その発祥の地名からきています。大正時代に服装改良運動というのが起こりました。服装と言うのは洋服ではなくきものの事で、もっと簡単にきものを着れるようにしようという運動だったろうと思います。その時、名古屋女学校の越原さんという人が簡単に締められる帯を発明しました。

  帯を締める時には胴の部分二つ折りにして胴に巻きつけます。袋帯を締める時の事を考えてみてください。胴の部分を二つに折りますね。越原さんは、予め胴の部分を折って縫い閉じて帯を折らずに締められるようにしたのです。そこまで申し上げると「ああ、あの帯のことか」と思う方もいらっしゃるでしょう。「名古屋仕立」と呼ばれる仕立て方です。この「名古屋仕立て」という言葉も地方によっては「閉じ仕立て」とか他の名称で呼ぶこともあるようです。

 結論から申し上げれば、現在名古屋帯の名称で呼ばれている帯、すなわち単太鼓で締める帯の主な仕立て方は胴を閉じる「名古屋仕立」と胴を閉じずに袋帯のように平たく仕立てる「開き仕立」があります。昔は仕立て方の特徴を名称として用いた「名古屋帯」ですが、現在では「名古屋仕立」でない帯も名古屋帯と称するようになったのです。その名前の変遷は次のようだったと私は思っています。

 越原さんの考案した名古屋仕立は、丸帯や袋帯ではできません。どちらも厚地の袷帯ですから折って縫い閉じることは困難ですし、保管も大変になります。従って名古屋仕立ができるのは現代で言う所の九寸か八寸帯に限られます。名古屋仕立が流行って九寸帯や八寸帯の仕立て方において名古屋仕立がメジャーになったのでしょう。いつしか九寸や八寸の帯が名古屋帯と称せられるようになり、それも本来の意味とは全く逆の開き仕立の帯さえも名古屋帯と称するようなったのではないかと思います。

 西陣の帯についてもう少しお話しましょう。

 西陣いう名称は1467年の応仁の乱の時に西軍の山名宗全が陣を張ったことに由来する事はご存知だと思います。実は西陣という地名は無く、住居表示もありません。京都のこの辺り、というような名称なのですが、織物の産地として広く名が知られています。織物の町になったのは応仁の乱より遥か昔の平安時代に織物職人が住んだ事に始まるらしいのですが、その伝統は現代に到るまで伝えられています。

 西陣織と一口に言いますが、西陣織という特殊な織物がある訳では有りません。西陣で織られる織物は全て西陣織です。西陣帯というのも同じで、西陣で織られる帯は全て西陣帯と言って差し支えない訳です。西陣は帯の大生産地ですから、美術品と言えるような高級品から安価な普及品まで織っていますので、西陣帯というブランドが、その帯の品質、価格を表すものではないことは先に申し上げた通りです。 しかし、西陣では西陣織の品質を保持する為に西陣織工業組合という組合を組織しています。西陣で機を織っている機屋で組織している組合です。加盟している機屋の織った帯にはこのような証紙が貼ってあります。(写真3)金色の証紙は正絹、絹100%を表しています。ただし、これには付帯条項がありまして、「金糸、銀糸も正絹とみなす」ということになっています。西陣織では金糸、銀糸、金箔、銀箔を多用しますので、このような取り決めがなされています。

  さて、この証紙、左側の下に番号がついています。この写真では「6」とあります。これは組合加盟の機屋番号です。組合に加盟している機屋には固有の番号が与えられ、証紙にはその番号を付ける事になっています。この番号は、その帯の出所を表すものですからこの部分をカットして流通する事も禁じられています。

  ちなみにこの「6」というのは加納という機屋さんです。40軒程度の機屋がチャーターメンバーとして始めたらしく、初めは五十音順で番号が付けられています。6番は加納、7番は北尾織物匠、8番は泰生織物というように。 現在2500番台までの機屋があります。しかし、二五〇〇軒の機屋がある訳ではありません。廃業している機屋があるからです。1番、2番、3番という機屋は今はありません。50番までの機屋の内現在でも名前が登録されているのは22軒です。数えた事はありませんが、全部で1500軒程度だと思います。番号が欠番になっていくのは、何か伝統が失われていくような気がして寂しい限りです。

  きもの通の方に時折言われる事なのですが、「機屋番号が若い帯ほど良い帯なのでしょう」と。機屋の番号は加盟順に付けられていますので番号が若い機屋は昔から組合に加盟している老舗ということなのでしょう。確かに若い番号の機屋は老舗が多く良い帯を創っていますが、それだけで良い帯かを判断することはできません。1000番台、2000番台の機屋さんでも創意工夫をこらして良い帯を織っている所もたくさんあります。 復織で有名な龍村美術織物という機屋は644番です。

  どちらにしましても、良い帯というのは、自分の目で見て判断される事が肝要かと思います。

「きもの春秋 8. 西陣の帯」
「きもの博物館 25. 経錦(たてにしき)」
「きもの博物館 27. 唐織の妙 」
「きもの博物館 32. 『すくい』の帯」
「きもの博物館 42. 龍村美術織物」
「きもの博物館 52. 老舗の帯「服部織物」」
「きもの博物館 56. 山口織物(三百年の唐織)」

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