明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋

1. 難解なきもの(着物)用語

きもの春秋

 きものが身近なものでなくなり、きものを良く知らない人達にとって、きものの用語が分からないのは当然である。しかし、きものの業界にいる人達にとっても、きものの用語は難解である。業界に入ったばかりの新人が耳にするのは初めて聞く言葉だらけである。

 私は小さいときから耳にしていた言葉も有り、それ程違和感はなかったけれど、初めての人達にとっては訳の分からない言葉も有ったに違いない。呉服屋の主人が、
「それでは八掛けおまけ致します。」
と云ったのを聞いた問屋の新人が商品を八掛け(はちがけ)に、すなわち「二割値引します」と云ったのと勘違いしたという笑い話があった。「八掛け」(はっかけ)と云うのは着物の袖先や裾に使う裏地の事で「裾まわし」とも云う。

 業界の専門用語が分かり難いのは呉服業界に限らずどの業界でもあり、珍しいことではないが、呉服用語の難解な本当の理由は実はその使い方の曖昧さに有ると思う。日本語には曖昧な表現が多いとは良く云われる。呉服用語はまさにそれを具現したようなものである。日本の伝統のきものの用語が日本語らしい曖昧な表現であると言うことが私には何故かふさわしく思え、       
「呉服は日本の伝統を正統に受け継いでいる。」
というような何だか訳の分からない優越感を持ったりもするのだが、呉服を広めるという意味においはとてもやっかいである。

 曖昧な表現の例を揚げると、一つの用語を極狭い意味で使ったり広い意味で使ったりと、話す人や前後の会話によって意味が微妙に変化するのである。

「ちりめん」という言葉が有る。この言葉はほとんどの人が聞いたことがある馴染み深い呉服用語だと思う。「越後のちりめん問屋の御隠居」とは国民的英雄、水戸黄門のことで、それほど縁の遠い言葉ではない。

 それでは「ちりめん」とは何なのかと云えばはっきりと説明できる人は少ない。若い人の間では「ちりめん」という言葉は余り聞かれなくなったが、「ちりめんの着物」「ちりめんの風呂敷」という言葉は年配の方々からはまだまだ聞くことができる。しかし、此の場合のちりめんの意味することを正しく云えば「鬼ちりめん」を指している。

 着物の生地は大きく分類すれば「ちりめん」「羽二重」「紬」に大別される。「ちりめん」は「縮緬」と書き、広義には撚(より)を掛けた撚糸と呼ばれる生糸で織られた生地で、その種類は沢山有る。撚を掛けた糸で織るために生地の表面にはシボと呼ばれる凸凹ができる。「鬼ちりめん」はそのシボが最も目立つように織られたちりめん地である。

 撚糸には右に撚った糸と左に撚った糸とが有り、それらを交互に織っていくために互いに干渉しあってシボができる。右左一本ずつ交互に織ったものが一越ちりめんと呼ばれる生地で、留袖や訪問着には良く使われる。襦袢等に良く使われる光沢の有る「綸子」(りんず)も縮緬と対比されて呼ばれる場合が多いけれども、実は綸子も撚糸で織られた縮緬である。

「織物」「染物」という言葉が有る。言葉通り受け取れば「織物」とは縦糸と横糸を組み合わせて作った布の事であり「染物」とは染めた織物の事である。国語の試験ではそれで十分であるが、呉服でいう「織物」「染物」は別の意味を持っている。「織物」とは「先染め」を表わし、「染物」とは「後染め」を表わす。「先染め」とは糸の段階で染色したものを指し、「後染め」とは織り上がった生地に後から染色したものを指して云う。

 加賀友禅は後染めで「染物」と云い、大島紬は糸の段階で泥染めをするので「織物」である。しかし、これらの言葉も厳密に使われているかと云えばそうも言えない。紬の白生地に引き染(後染め)したものがある。この商品を同じ紬である絣と比較して「後染め」と云うこともあるが、縮緬の色無地と区別するために「織物」と呼ぶ場合も有る。

 訪問着と付下げの違いについてよく質問される。詳しいことに付いては後述するのでここでは避けるが、私のいた問屋では製品分類上、仮絵羽(きものの形に仮仕立てしたもの)にしたものを「訪問着」、丸巻の絵羽物を「付下げ」と単純に分類していた。小紋でも仮絵羽にしたものは「訪問着」仕立てれば立派な訪問着になるものでも丸巻のものは「付下げ」というふうに曖昧な分類だった。  

 また問屋の上司で伝票を起こす際、なぜか「紬」を「御召」と記載する人がいた。紬と御召は織物の組織上全く違うものであるけれども何となくそれで通っていたし、誰もまちがいを指摘する者がいなかったのを覚えている。

 ちりめんや綸子、織物や染物を例に揚げたけれども説明が十分であったとは思わない。それぞれの言葉に付いて詳述は避けるが、きものの用語は非常に曖昧であることはお分かり頂けたと思う。きものについて話をする場合は、その時々の話の内容や相手の知識を汲みながら、使う用語の意味が微妙に変化する、と云った極めて日本語的な要素が有ることを覚えていなければならない。

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