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全日本きもの研究会 きもの春秋

9. 中国の帯

きもの春秋

 日本の経済発展と東南アジアの新興工業国の発展にともない、日本の伝統産業にも国際化の波がおしよせている。今では仏壇や梅干し等、こんなものがと思われるものも輸入品が多いと云われている。

 呉服業界でも生糸等の原材料だけではなく製品が輸入されている。真っ先に製品として輸入されたのは白生地である。日本でしか使われない縮緬生地が中国、韓国、香港、タイ、シンガポールから輸入されている。その昔、絹織物は日本の御家芸だった。いまでも「輸出羽二重」と言う名前が残っているほど絹織物は日本の外貨の稼ぎ頭だった。

 輸入された白生地には、製織地と原産国の名前が表示がされている。しかし、その脇には「製練地日本」と表示されているものが多い。精練というのは生糸についている糊(セリシン)を洗い流す工程で、縮緬表面の独特のシボはこの時にできあがる。精練地が日本なのは外国にまだ精練の技術がないからなのか、それとも品質表示に「日本」の二文字を入れたい為なのかは分からない。

 白生地は製品では有るけれども、まだきものの材料としての側面が有る。最近では完成品としての呉服物の輸入も目だってきた。最も多いのは中国の帯である。綴織や刺繍は中国の伝統工芸であり、技術的にも進んだものが有るので中国で綴れの帯や刺繍の帯が作られてもおかしくはない。

 中国の帯が日本に入ってきたのは十五年くらい前のことだろうか。ちょうど私が京都にいた当時の事である。当時機屋さんが持ってきて見せてくれた中国で織られた綴れの帯の見本を見て驚いたことを覚えている。総柄総綴れの全通の袋帯だった。日本の綴帯は、人件費が高いこともあり、ほとんどが太鼓柄で作られている。爪綴れで織られる柄は太鼓と腹の部分だけで他は無地で織られている。それでも本綴れは織機の帯に比べて高いものになる。ところが、その中国綴れの帯は、手から垂れ先まで全て柄が織り込まれている。それも繰り返しの柄はなく帯全体で一枚の絵巻のようだった。もし日本で織ったならば一千万円は下らない、と言うよりも日本では美術品としてしか作られない帯であっただろうと思う。

 中国の帯といっても中国人が独自に企画し製作して日本に売り込んでいるわけではない。日本の商社が中国の人件費の安さと手先の器用さに目を付け、合弁会社を作ったり、提携したりして、技術指導して作られている。

 中国で技術指導を始めた頃のエピソードを機屋さんに聞いたことが有る。

 今では中国の観光旅行はみじかになってしまったが、その頃はまだ中国へ行く人は少なく技術指導員も初めての訪中だった。1972年の日中国交正常化までは門戸を堅く閉ざしていた中国、ということもあって、もの珍しさも手伝い中国に着くやいなや中国の観光を堪能したという。まだ人民公社の影が残っている頃で、技術指導員は国賓とまではいかなくとも中国にとっては国の大事なお客様だった。観光地を案内され本場の中国料理を食べ、そしておもむろに綴帯や刺繍の帯の技術指導にあたった。

 技術指導と云っても綴れや刺繍の技術は十分な下地が有り、日本の帯とはどういうものなのかを教え、日本人向きの柄や色を指導してきたという。帯の柄や色は日本の機屋が指定して織らせている。技術指導員が納得のいくまで色糸を選び、指定してくるのだけれども日本に戻り出来上がった製品が送られてくると日本とは感覚のずれた、中国的な配色に出来上がっていると言う。自分が指定した色であるにもかかわらず、納得のいかない色がでている。調査してみれば確かに自分が指定した色糸だと言う。なぜこんなことが起ったのかと言えば、技術指導員の目が中国の目になってしまったからだという。わずか一日二日の中国観光で中国の風景を見、中国の建物や織物を見ている内に目が中国に馴れてきてしまったと言うのである。それ以来その人は中国に行くとすぐに作業場にこもり、中国の色彩に影響されないように仕事をしたという事だった。

 人間の目とは恐ろしいもので、環境によって色彩感覚が違ってくるものらしい。
 世界の服飾文化を見れば、国によって色の感覚が違っている。日本でも加賀友禅と紅型染では色彩がまるで違うことに気がつく。加賀友禅の故郷である金沢のどんよりとした空と、沖縄の真っ青な空や海は対称的である。

 日本の風景やきものを見たことのない中国の人に日本の色彩感覚を教え込むことは非常に難しいことだろう。色だけではなく日本の形もまた中国のそれとは感覚を異にする。私が始めてみたその中国の綴帯の柄も、こころなしか建物の屋根先がせり上がっている中国の建てものを連想させたし、人物の顔もどこか日本人離れしているように感じたのを覚えている。

 そんな中国の帯も最近は問屋に山積みにされているのを見掛けることがある。中には叩き売り同然に並べられている物もある。こんなに手間をかけた商品がこんな値段で、と思えるものも沢山ある。

 今、中国の帯は相当数日本に入ってきている。何故そんなに入ってきたのかと言えば、中国の事情と問屋の話を総合すればうなずける。
 当初、日本の機屋が中国の刺繍工場と提携して始めた事業だったが、今の中国は改革開放に伴って拝金主義一色である。このことは私も昨年中国を訪れて肌身に感じさせられた。工場で作られる日本の帯を見て「そんなものが金になるのか。」と同じものをどこかで作って持ってくると言う。中には工場の関係者が自分の郷で同じものを作らせて、日本の商社に安値で引き取り交渉をすることもあると聞く。

 働き手がいくらでもいて拝金主義がまかり通っている中国では連鎖反応のように開放政策の進んだ沿岸部より、賃金の安い内陸部へ伝わり、安い帯がどんどん商社に持ち込まれるという構図になっているらしい。

 帯だけではなく和装小物についても次のような話を聞いた。

ゆかたの下駄の木地を中国に相当数(五千~一万個)発注したところ、たちまちに十万個集まったと言う。工場で作られる下駄を見て、それではと付近の人達が薪を削って持ち寄りたちまち十万個になったというのである。現在の中国を象徴するような出来事であるが、引き取ってもらえないとわかると、そのまま薪にして燃やしてしまったと言うオチまでついていた。

 最近は国境を越えてベトナムでも帯が作られている。日本の市場で必要以上の数が供給されるのだから、中国の帯が問屋に山積みにされてしまうのである。

 中国の帯が大量に入り、価格が下がる事は良い事だと言う人がいるかもしれない。また、反対に、「中国の帯なんて」と嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。どちらももっともと言えばもっともであるが、どちらも色眼鏡を通したゆがんだ見方だと思っている。中国の帯については私はもっと真正面から見なければならないのではないかと思っている。

 呉服に関しては、中国製に嫌悪感を抱く理由は二つある。一つは、事のほか高品質を求める呉服業界にあって、中国製イコール粗悪品と言うイメージが強いこと。第二に「日本の伝統文化である呉服に中国製なんて」と言う「きものナショナリズム」があること。こういった先入観念が中国の帯の評価の阻害要因となっている。

 中国の帯を正しく評価するには次の事をまず確認しなければならない。  
   きものは日本の伝統文化であること。   
   中国 刺繍は中国の伝統工芸であること。  
   中国は労働力が安いこと
   品質管理に対する中国と日本の感覚が違っていること。

 中国伝統工芸を日本の文化が取り入れる事自体おかしなことではない。古来お茶の世界でも書画や茶碗、を中国やその他外国から取り入れてきた。

 氾濫している中国の帯を良く見てみると、日本製の帯でも高級品から普及品まであるように、そのできばえは様々である。相良刺繍を例に取ると、小さな粒が同じ大きさで整然と縫い込まれているものもあるが、不揃いの粒がまばらに縫い込まれている手抜き品とでも言えるような帯も見受けられる。これらは日本の技術指導の基に品質管理が行なわれている物と、見よう見真似で安い商品を造っているものの違いのように思われる。

 一口に「中国の帯」と言っても、高級品もあれば粗悪品も有るのである。しかし、日本の市場では「中国の帯」は「中国の帯」とする見方が非常に強い。特に消費者の目はそれが強いように思える。消費者が、 「これは西陣の帯ですか。」 と聞く感覚は、中国の帯については皆無である。あの広い中国では産地によって品質がばらつくのは避けられないが、日本ではそれらがいっしょくたんに「中国の帯」として扱われている。

 良いものを見極める目で中国の帯を扱えば、次第に淘汰され中国の伝統工芸が良い意味で日本の伝統文化であるきものに浸透してくるのだろうけれども、値段と中国という原産地の肩書きだけで評価されてしまっている。中国の安い労働力と拝金主義がそれに拍車を掛け、本当の良い中国の帯は出てきそうに思えないのである。

中国の帯によって、日本のきもの業界が混乱する事に一抹の不安を覚えるけれども、長年社会主義に慣れた中国が、市場原理を理解できないままに中国では必要のない帯を大量に造り続け、ある日突然日本から、 「粗悪な商品はいらない!」 と引き取りを拒絶されたらどうなるのだろう。日中の友好関係にひびが入るのではなかろうか、と私はいらぬ心配をしてしまう。

               1997年

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