明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋

16. 訪問着と付下げ

きもの春秋

「訪問着と付下げはどう違うのですか。」
と良く聞かれる。

「訪問着を見せてください。」 とか
「付下げが欲しいのですが。」
と来店される御客様は多いけれども、訪問着と付下げの違いをはっきりと言える人は少ない。

 私自身、訪問着と付下げの違いを聞かれると言葉に詰まってしまう。何故かと言うと、第一に、きもの用語の曖昧さから、業界の人達でも使い方がまちまちで、いわば定説のない学説のようなもので、正確に説明しようと思えば、多くの通説を説明した上で、いくつもの講釈を添えなければならなくなり、説明が膨大なものになってしまう。

簡単に説明しようとすれば、言葉が足らずに、後で、
「○○さんはそうは言っていなかった。」
という反論を受けることを覚悟せねばならない。

 第二に、付下げ自身が時代とともに変化してきたので諸説が入り乱れてしまったという事情もある。

 それでも、
「訪問着、付下げともに絵羽仕立ての晴着で、柄がより重いものが訪問着、軽いものが付下げです」
というのが最も簡単な説明だと私は思っている。

 では、どのくらい柄が重いのが訪問着で、どこからが付下げかといえば、そこに一線を引くことがまた難しい。諸説が有り、定説らしいものが見当たらないのである。このような曖昧さは付下げという形式ができ、発達する過程にもその原因が見受けられる。

 以下、訪問着と付下げの違いに付いてはっきりと述べようと思う。時間や紙面に制限が無いので、できるだけ詳細に又正確に記すつもりだけれど、若干の私の想像も入っているので、誤った記載が有れば御指摘頂きたいが、大方は記載する通りだと思うので飽きずに読んで頂きたい。

「付下げ」という言葉ができたのは戦後のことで、昭和三十年前後のことらしい。背景としては日本の戦後の復興に伴ってきものの需要が増大し、それに合わせて「付下げ」という新しいきものの形式が出来てきたようだ。

戦前には「さんぽ着」と呼ばれる訪問着を簡略化した付下げ風のものが有ったという話も聞くけれども、現在の付下げとは用途も違っていたらしい。

 訪問着は戦前から有り、形式は今と同じで全体が絵羽模様になっている。おくみと前身頃、前身頃と後身頃、背縫い、袖付け、衿には、それぞれの縫目にまたがって柄が描かれている。特に衿と身頃の縫目は斜めになるので柄合わせが難しい。

 きもの全体を一つのカンバスに見立てて柄付けをするには、白生地を裁って、きものの形に仮縫いして染めなければならない。従って訪問着はほとんどが仮絵羽という、きものの形に仮縫いされた状態になっている。

 訪問着が晴れの染物とすれば、普段着の染物は小紋である。小紋は通常繰り返し柄で染められた反物で、仕立て上がった状態では訪問着のように縫目を越えて柄が合うことはなく、染められた柄は上向き、下向きにバラバラである。

 現在は、付下げを訪問着の略式と考えるのが良いと思うけれども、付下げの発生過程を考えれば、付下げは小紋の延長と考えるのが妥当なようだ。

「付下げ」という言葉をきものの用語辞典で調べてみると、
「袖、身頃、衿などの模様が全部上向きになるように模様が配置されたもの」
という説明がなされているのが一般的である。初めてこの説明を聞いてその意味を理解できる人はまずいないだろう。

 付下げを創った人はおそらく小紋をより立派に創ろうとしたのではないかと思う。小紋は前述した通りに柄が上下バラバラになってしまう。人形の柄であれば、上を向いた人形、下を向いた人形が配された柄になる。そういった小紋を見て、なんとか人形を全て上を向かせる事はできないものかと考えたのだろう。

 全ての人形が同じ方向を向いた小紋を作る事はできる。しかし、そうした場合、前身頃は全て人形は上向きになるけれども、後身頃は反対に人形が全て下向きになってしまう。

 前身頃、後身頃共に上向きの柄にしようと思えば、肩山、袖山で柄の向きを反転しなければならない。一反の反物の裁ち方をあらかじめ決めておけば、肩山、袖山を境に反対向きの柄を染めることはできる。こうして出来たのが付下げ(小紋)である。 
「模様が全部上向きになるように模様が配置された」
とはこのような意味である。

 付下げは「付下げ小紋」と呼ばれ、小紋の延長だった。付下げ小紋はその性格上反物の裁ち方をあらかじめ決めておかなければならない。肩山、袖山の位置を決めておかなければ柄を反転させる位置が定まらないからである。そのため付下げの反物には裁つ位置や肩山、袖山を示す印が必ずつけてある。

 裁ち方があらかじめ決めてあるならば、さらに複雑な模様をつけようとした人がいたのだろう。裁ち方が決められているという事は、縫い合わせが始めから決められているという事である。訪問着のように縫目にまたがって柄を付けなくとも柄を飛び飛びに配して全体として一つの柄に仕上がるようにした。(付下げTYPE1)

 柄の縫い合わせが必要ないので、訪問着程仕立てに気を使わないで済み、小紋(付下げ小紋)よりもより立派なきものに仕上がる。こうした飛び柄の絵羽模様を称して「付下げ」としている人は多い。

 さらに、技術の革新はすばらしいもので、どうせならと、おくみと前身頃だけでも柄合わせをしたものが出てきた。より訪問着に近い付下げである。(付下げTYPE2)

 そして柄付の複雑さを競うかのように脇縫や背縫い、袖付けも柄合わせをする付下げが出てくる。(付下げTYPE3)訪問着と比べても劣らない立派な付下げ、そして価格的にも訪問着よりも高価な物も多く、この辺から訪問着と付下げの区別が付きにくくなってきたようだ。

 訪問着と付下げの間に一線を引くにあたっては、前述の付下げTYPE1をもってその境とする人。付下げTYPE2あるいはTYPE3をもって境とする人などさまざまである。付下げ小紋は現在ほとんど作られていないし、付下げTYPE1も数から言えば少なくなっている。染屋さんが付下げと称して持ってくる商品の八割はTYPE2、3の、より訪問着に近いものばかりである。

 そんな訳で付下げを極力拡大解釈すれば、訪問着との違いは次の点であると言える。

 付下げは丸巻のまま染め上げるので、斜めに入る衿と身頃の柄を合わせることは難しい。訪問着は仮絵羽にして染め上げるので袖から身頃、衿にまたがって柄をつけることができる。しかし、衿と身頃の柄が合うものを訪問着とすることにも問題がない訳ではない。衿の柄が合うものが必ずしも裾模様が重いとも限らない。

 一方丸巻の付下げでも裾模様の重いものもある。そうなると、どちらが訪問着でどちらが付下げなのか、判定が難しくなってくる。

 結局、付下げ小紋から発達した付下げと訪問着の間に一線を引こうとすること自体、意味があるのかどうかが疑わしくなってくる。

 訪問着と付下げの違いを聞かれたら、身頃の縫目を越えて柄が合うかどうか、衿と身頃の柄が合うかどうか等の判断を加えながら、
「柄がより重いものが訪問着。軽いものが付け下げです。」
と、言葉を濁すのが良いように思われる。

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