明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋

18. きものの格式

きもの春秋

 私が呉服の商売をしていて御客様に良く質問されるのは、
「どのような時にどの着物を着たら良いのか。」
もっと具体的に云えば、
「結納の時には何を着たら良いのか。」
と言ういわゆるTPOについてである。TPOは日本の着物に限らず洋服でも他の民族衣装でも見られる。

TPOには二つの要素が有る。一つは「晴れ」と「け」の要素である。言葉を換えれば「式服」と「普段着」である。洋服に照らして云えば「フォーマル」と「カジュアル」となる。もうひとつの要素は季節によるTPOである。四季のはっきりとしている日本では、この季節によるTPOはかなりはっきりと、又厳格に決められている。日本の着物は実用的な意味以上に季節を演出する一面が有る事は世界に誇れることではないかと思う。

 着物のTPOはこの二つの要素をうまく組み合わせることだと云える。縦軸に「晴れ」→「け」、横軸に季節をとってみれば良くわかる。

「何の時に何を着れば良い。」 と云う話をするのは簡単でわかり易いけれども、その数は膨大なものになってしまう。グラフの交点を一つ一つ解説するようなものである。そのような話は呉服店の店頭に譲るとして「晴れ着」の要素とは何なのか。「け」の着物とはどんな条件を具備しているのか、と言った一般的な話を進めたいと思う。

 その着物が「晴」のきものなのか「け」の着物なのかを決定する要因は幾つか有る。言葉を換えれば格の有るフォーマルの着物(必ずしも高価な着物を意味しない)に必要な条件である。紋が付いているかどうかとか、素材は何か、等である。その中の「絵羽」と「紋」について述べたい。


  絵羽

「絵羽」と云う概念は日本のきもの独特のものかもしれない。世界の衣装をつぶさに検証した訳ではないので、はっきりとは言えないけれども、少なくとも洋服には「絵羽」と云う概念はないように思う。着物は絵画に例えられるとは前述したけれど、「晴」の着物は「絵羽」という概念がその大事な要素の一つになっている。

 仕立て上がった訪問着を広げて、あるいは衣桁に掛けてみれば良く分かる。見事に一枚の絵画になるのである。きものを広げれば左からおくみ、前身頃、左後身頃、右後身頃、下前身頃、おくみ、と云うようにあたかも屏風を広げたようになる。通常、訪問着の裾模様は妻高に、すなわち前身頃の柄が高く、後身頃、下前身頃に向かって柄が下がっていくようになっている。

 総柄の訪問着は全体に柄が有るけれども柄の中心は前身頃になっている。きものは幅30センチ程の反物を繋いで仕立てるので、おくみと身頃、身頃と身頃、あるいは袖と身頃の間に縫目ができる。この縫目を越えて一枚の着物に絵を描いたのが「絵羽」と呼ばれるものである。山の稜線が縫目を越えて描かれたり、桜の枝が肩から袖につながっていたりするのである。

 留袖や振袖、訪問着、付け下げ、絵羽コート等は、このような手法によって染められている。普段着の着物である小紋にはこのような絵羽という手法は用いられない。小紋は上下別のない繰り返し模様で染められている。

 絵羽模様でも、総柄の訪問着のように非常に重い柄の物と、軽い付下げのような、柄の軽いものがある。いくら軽い柄であっても絵羽物は晴れ着として扱われる。

「家紋」は英語でエンブレムと言う。日本、外国を問わず、自分の出所をあからさまにする、と言うことは特別の意味がある。人前に出る時に出所を表わす家紋を付けるのは晴れの場である。従って紋を付けたきものは、紋付と呼ばれ、晴れ着に限られる。そして、その紋の数、紋の種類によってきものの格が決まってくる。

 紋の数で紋付を分類すると、一つ紋、三つ紋、五つ紋がある。通常紋の数が多い程より重い晴れ着となる。第一礼装である黒留袖は五つ紋。色留袖は三つ紋。訪問着や付下げ、色無地は一つ紋の場合が多い。男のきものも、黒紋付は五つ紋。色紋付は一つ紋の場合が多い。それらは必ず決まっているわけではなく、色留袖に五つ紋や一つ紋、色無地に三つ紋を付ける場合もある。いずれにしても紋の数が多い程重くなるので、普段に着やすいようにと色無地に紋を付けないで仕立てる人もいる。

 それぞれの家には定まった家紋が有る。ちなみに私の家の家紋は「丸に木瓜」である。私の父や私はもちろん、叔父や兄弟は皆紋付にはこの紋を使う。男系家族制度の名残りなのだろうが、女性は自分の家の紋を付けることにはこだわらない。自分の家紋を付ける人もいるけれども、一般的な「桐」や「つた」「桔梗」などを付けても構わない。自分の家紋が余りにも男性的な紋の場合、より優しい紋を付けたりもする。又、家紋に「丸」がついているのを取って使う場合もある。家によっては、男性の付ける紋と、女性の付ける紋を明確に分けて定めている家も有る。

 娘さんが嫁入りで紋付を作る場合、紋はどのようにしたら良いのかと良く聞かれる。伝統的には、本人の出所を表わすと言う意味で嫁入り支度の紋付は実家の紋を付けていくのが習わしである。嫁入りした後に、嫁ぎ先で作ってもらうきものは、嫁ぎ先の紋に従う。もっとも女性の場合は必ずしも家紋を入れる必要はない。

 しかし、最近は合理的な考え方が広がり、嫁ぎ先の紋を付けていく人もいる。どちらが良いのか私には分からない。聞かれれば、
「伝統的にはこうです」
と答えるしかない。

 家紋は家によって定まっているけれども、同じ紋でも形体がいくつかある。日向(ひなた)紋」と「陰(かげ)紋」である。

「陰紋」には「中陰紋」と「総陰紋」がある。基本的な形は同じだけれども、染め抜きの形体によって区別される。一般的には、「日向紋」が正式な紋で、「陰紋」はおしゃれ紋になる。正式な黒留袖、黒紋付はほとんどが「日向紋」が付けられる。紋によっては、白抜きが多く、目立ちすぎるような場合、紋が余り目立たないようにと色無地や訪問着、付下げなどに「陰紋」を付けたりする。これは、少々おしゃれの意味が込められている。しかし、希に中陰紋を正式な家紋としている家も有る。何故中陰を正式な家紋としているのかは、私は家紋研究家ではないので分からない。

 紋の入れ方にもいくつかの種類が有る。「抜紋」「書紋」「張紋」「縫紋」等である。

「抜紋」が正式な紋であるが、見た所「書紋」「張紋」も「抜紋」と同じである。「抜紋」は染め上がったきものの色を抜いて白く紋を浮き立たせる紋の入れ方である。染める前に入れる紋が決まっている場合は白生地に紋の部分を糊伏せして染める場合が有る。この方がきれいに紋が抜けるので色無地を別染めするときなどに使われる。

 色を抜くと云っても、どうしても色が抜けず、抜紋ができないものもある。黒染や草木染、先染の御召しなどで、色を抜いてもきれいに白くは抜けない。黒留袖や黒紋付は、そのためにあらかじめ紋を入れる所を丸く白抜きして染めている。これを「石持(こくもち)」と云っている。

 色がうまく抜けない場合には「書紋」をする。書紋は白く紋を抜く代わりに、胡粉(ごふん)を使って紋を書いていくものである。抜紋程きれいには仕上がらないけれども、見た目は抜き紋と同じである。    

 抜紋も書紋もできない場合は、「張紋」をすることがある。紋を入れ替える場合や、古い生地で抜紋ができない場合、貸衣装などに使われる。張紋は別の生地に書紋をして張り付けるものである。上手な張紋は抜紋や書紋と同じように見えるけれども、応急の紋であることにはかわらない。

 紋のもう一つの種類は「縫紋」である。縫紋は金糸や銀糸、色糸を使って入れる言わば刺繍紋である。抜紋程はっきりとは入らず、抜紋よりも格が低いおしゃれ紋とされている。縫紋にも、けし縫、菅縫、蛇腹縫、相良縫等の種類が有り、紋をはっきりと目立たせたい時や、余り目立たせたくない場合などに使い分ける。

参考記事
「きもの講座 2. きものの格について」
「きもの春秋 5. きもののしきたり」
「きもの春秋終論 Ⅲ-ⅲ本当のきもののしきたりとは」

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