明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 続きもの春秋

10. 悉皆について(再考)

続きもの春秋

『きもの春秋』にて「悉皆について」と題して「しみぬき」「やけなおし」「掛け接ぎ」について触れた。それを読んで某氏より次のようなお手紙を頂戴した。

「文春文庫の船橋聖一著『悉皆屋康吉』を読みますと、悉皆屋は花柳会、お大尽などの誂えのきものを染め、作るのが本来の仕事で、しみぬき、かけはぎなどメンテナンスは悉皆とは言わないと思います。悉皆は誂えきもののプロデューサーです。」

 悉皆という言葉は業界以外では余り使われてはいない。私が何気なく、というより何の疑いもなくしみぬき屋やかけはぎ屋に悉皆という言葉を当てていた。私が京都の問屋にいる時分にはしみぬき屋や直し屋へ行くことを「悉皆屋まわり」と言っていた。しかし、氏の御指摘が正しければ「悉皆」という言葉を正確な意味で使っていなかったことになる。

 日本の言葉の、とりわけ呉服用語の使い方の曖昧さはすでに指摘した通りだけれども、私自身が使っている言葉が曖昧で不正確であったとすれば再考を要することである。

 では悉皆とは本来どういう意味を持っているのだろう。悉皆という言葉を辞典で引いてみた。手元にある三省堂国語辞典、金田一京助編では
「悉皆・・・副、のこらず。すっかり。」
とある。次に、旺文社古語辞典を引いてみた。
「悉皆・・・ みな。ことごとく。残らず。 まったく。まるで。そっくり。 ほんとに。きっと。」 
さらに、
「悉皆屋・・・江戸時代、大坂で衣服、布地の染色、染め替えなどを請け負い、京都に送って調整させることを家業としたもの。」
 漢字のことならば、さらに上流に遡り、講談社基礎中国語辞典を引くと、
「悉、シー・・・形、全部。すべて。動、 尽くす。 知る。わかる。」
「皆、ジェ・・・副、みな。すべて。」
 そして、文化出版局最新きもの用語辞典では、
「悉皆屋・・・反物、染色、染め直し、洗い張りなどに関する一切の事を客と業者との間に立ってとりもつ職業。江戸時代に大坂(当時は大阪ではなく大坂だった)より始まったという。」
 さらに、小学館大日本百科辞典ジャポニカで調べてみた。
「悉皆屋・・・江戸時代大阪において、衣服や布類の染色や洗い張り、染返しなどのいっさいを請け負い、これを京都の業者に送って調整させた染物関係の仲介業者。染物についてのすべてを扱ったので『悉皆』と呼んだのである。後には転じて染物や洗い張りを業とするものの名称にもなっている。」

 以上のような事から次のようなことが推察されるのではないだろうか。

 「悉」「皆」ともにその意味するところは「すべて」または「ぜんぶ」を指す。すなわち「悉皆屋」とは「なんでも屋」の意に通じている。みんな着物を着ていたその当時、呉服太物を商う産業、今で言う繊維産業及びその関連産業は現代とは比べものにならない比重を占めていた。呉服店は今のような高級呉服店ばかりではなく普段着を扱う比較的身分の低い人達がかよう呉服屋も相当にあっただろうと思う。今でこそ呉服店が着物のあらゆるメンテナンスを請け負っているけれども、現在のような会社組織もない当時は「洗い張り屋」「仕立て屋」「染め屋」などがそれぞれに独立して商売をしていただろう。普段着の太物を買った人が品物を仕立て屋に持ち込んだり、古着を仕立て直しするために洗い張り屋に持ち込み、ついで染屋に持ち込み、そして仕立て屋に持ち込むということもあっただろうと思われる。それらを全て仲介したのが悉皆屋である。

 当時の大消費地大坂で注文を取りまとめ京都へ送り、効率良く京都の加工屋を回して染め上げ、又は仕立て上げて大坂の消費者の許へ届ける。悉皆屋自身は加工は行なわないが、消費者にとっては大変重宝な「なんでも屋」である。

 悉皆屋というのが大坂以外にもあったかどうか、あったとしても「悉皆屋」の名で呼ばれていたかどうかは分からないが、似たような商売が全国にあっただろう事は想像にかたくない。 『悉皆屋』のもともとの意味は某氏の御指摘の通り、誂えきもののプロデューサーだった。しかし、その後、日本語の言葉に良くあるように言葉が独り歩きして意味の転化があったのも事実のように思われる。すなわち小学館大百科辞典にあるように、悉皆が染物や洗い張り等加工業を指すようにもなったようだ。

 言葉の意味は一体誰が定義すべきか。この問題は私の考察の範疇を越えている。しかし、言葉の意味が時代と供に変わっていくことも頭に入れておかなくてはならない。それでも、言葉の原初の意味を知らなければ受け取る側の知識によって言わんとする意味が変わってしまう。

 私は「悉皆屋」の本当の意味を知らなかった。某氏の御指摘の通りである。もともとの意味である「なんでも屋」的な悉皆屋に私は未だお目にかかったことがない。本当の意味の悉皆屋がいまだに存在するのか。あるいは、現在「悉皆」という言葉が何を指して使われているのか、もう少し調べてみたいと思う。

 本来の意味を知らずに「悉皆」という言葉を使っていたことに恥じ入る次第である。

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