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全日本きもの研究会 きもの博物館

10. 小千谷縮

きもの博物館

 夏を代表する織物に小千谷縮がある。シボのある麻の生地はシャリ感があり、涼しさを演出してくれる。  麻と聞くと反射的に「シワがよる」と頭に浮かぶ人も少なくはないだろう。しかし、麻は天然素材としてすぐれた性質を持っている。

 麻の歴史を見てみよう。絹や綿が普及する前は、衣料用の生地として麻は中心的存在だった。弥生時代の遺跡より平織の麻の織物が出土している。

 邪馬台国ヒミコの存在を記した中国の魏史和人伝には次のような記述がある。
「禾稲・紵麻を種え、蚕桑・緝績し、細紵・ ・ を出す」
細紵とは麻織物のことで、三世紀の前半にはすでに麻織物が織られていた。

 麻は綿や絹がない時代にはきものの一般的な素材で、夏冬問わずに着られていた。真冬でも麻の衣を来ていたのでは、さぞ寒かろうと思うのだけれど、貴族は真綿を入れ、庶民は麻屑や蒲の穂綿を入れ、麻の綿入れを着ていたという。江戸中期まで麻は庶民にとってなくてはならない素材だったのである。

 もっとも麻の素材は冬向きであるとは言いがたい。しかし、庶民にとって麻は最も手に入り易い素材であるが故に、しかたなく冬場も着ていたという事だろう。

「最も手に入り易い素材」と言ってしまえば麻は安価な低級品と思われるかも知れない。物の価値には希少価値というものがある。余り手に入らないものが高価なのである。

 絹の産しないヨーロッパでは、絹はシルクロードという危険きわまりない道を通って運ばれた希少品であった。胡椒も同じくヨーロッパの人にとっては希少品で金と同じ重さで取り引きされたとも言う。その胡椒を求めてバスコ・ダ・ガマやコロンブスが大海原に出て大航海時代を飾ったことは良く知られている。

 しかし、希少品である事イコール有用品であるとは限らない。 ナポレオンの時代にはアルミの食器は金や銀の食器よりも珍重されたという。電気精錬の技術のなかったナポレオンの時代は、ボーキサイトよりアルミニウムを精錬するのは金や銀を採取精錬するよりも手間がかかったという。今では電気精錬の技術が発達し、アルミニウムは貴金属ではなくなってしまった。ナポレオンの時代には珍重されたアルミのナイフやスプーンは今ではとるに足らない物になってしまった。

 しかし、貴金属でないとはいえ、アルミニウムは現代の産業になくてはならない金属である。燃費向上の為の車の軽量化にはアルミの素材が多用される。車の心臓部ともいえるエンジンも高級車はアルミが使われている。どんな素材でも適材適所といえる使い方がある。

 麻は汗を吸い、丈夫で風を通す性質がある。戦国武将は鎧兜の下に麻の衣を着ていた。また、その丈夫さから戦場での陣幕は矢玉を通さない麻でなくてはならなかったという。          

 現代のきものの感覚で言えば、麻は夏物以外には使われない。麻のきものを着るのは七月に入ってからである。いくら暑かろうと六月では着るのをはばかってしまう。

 夏物としての麻は和洋を問わず使われている。洋服の世界では麻のスーツやブラウス、ワイシャツは夏の高級品である。涼しくて汗を吸う天然素材の麻は、今日本当の意味での適材適所の場を得たようである。

 しかし、麻と言えば冒頭に記したように
「麻はシワになってねえ」
の一言で敬遠されている。確かに麻はシワになり易い性質がある。シワにならなければ良いのにと思うのは無理からぬところである。

 しかし、素材には長所も開けば短所もあるのが常である。麻の長所は涼しさ、短所はシワになり易い事である。絹は汚れに対して弱く、綿は洗うと縮んでしまう。

 汚れず、縮まず、シワにならずといった素材はあるだろうか。ナイロンはどうだろう。汚れても洗濯は簡単で、縮まない。シワにはならない。長所づくめの素材のように思えるけれどもナイロンのブラウス、ナイロンのきものなど着れたものではない。

 正絹のきものを汚れないように、シワになり易い麻のきものにシワを寄せずに着ている人はおしゃれだな、と思うのである。

 さて、小千谷縮は麻のきものを代表している。麻のきものと言えば小千谷以外にも現在全国各地にまだ残っている。越後上布、会津上布、能登上布、宮古上布、八重山上布などいづれも極少量織られている希少品である。上布という名が示す通り、これらは苧麻の上質の手績み糸で織ったもので、価格も非常に高い。しかし、小千谷縮は苧麻の紡績糸を用いているので価格的にも安価である。

 小千谷縮の特徴は、その布面にシボがあることである。このシボは生地をお湯に浸して揉む「湯もみ」という工程で緯糸の撚りが戻るためにできるものである。

 小千谷縮を作る上でもう一つ大事な工程に「雪晒し」がある。織り上がった生地を二週間位雪の上に晒す。雪晒しをすることによって、生地が表白され風合いも柔らかくなってくる。雪国小千谷ならではの工程である。 「湯揉み」「雪晒し」いづれも硬い麻の繊維でいかに着やすい生地を作るかという工夫である。

 小千谷縮には先染めの無地、縞、絣、絞りや型染めの後染のものもある。いずれも小千谷縮独特のシボがある。

小千谷縮に限らず、麻のきものを着た事のない人にとっては、確かに麻はシワになり易く扱い難いきものに思えるかも知れない。しかし、実際に麻のきものを着てみると、夏にはもってこいの生地である事が良く分かる。

 第一に、涼しいのである。これは言うまでもない事かも知れない。私は麻の作務衣や小千谷のきものを持っているけれども、一度麻の作務衣を着れば夏場はもう木綿の作務衣は着れなくなってしまう。きものも同じである。懐や袖先から入った風が体中に回り、たちまち汗は乾いてしまう。

 第二に、夏場は汗をかききものの汚れが気になる。しかし、汗がしみついても水洗いに耐える麻は毎日でも洗濯ができる。そして、すぐに乾いてしまうので真夏であれば夕方洗濯をすれば朝には乾いてしまう。

 しかし、いくら長所を並べようとも、
「それでも麻はシワになって・・・。」
という言葉が頭から離れない人が多いようである。

 私も麻のきものを着た時はシワがよるけれども、毎日着ているとシワは不思議とよらなくなるような気がする。麻の作務衣などはひざのあたりは木綿のように柔らかくなっている。

 麻は着れば着るほど柔らかくなるのだけれども、現代のきものはまるで宝石のようにタンスの奥深くしまわれ、小千谷縮といえども晴れ着のように扱われてしまっている。昔の人が麻を普段着として着ていた時には、「麻はシワになる。」という感覚はなかったかもしれない。

 きものを着慣れている人達は、麻のきものでもシワなど一向に気にせずに着ている。立ったり座ったりするきものを着たときの所作が自然とシワを作りにくくしているのである。

 きものの雑誌に麻のきものを着た時の歩き型、座り型が載っていた。その一つ一つを読めば、なんだか面倒に思えるのだけれども、慣れている人達にとっては極自然な所作なのである。

 麻のきものはシワになるからと敬遠するのも、きものが縁遠くなった証佐かもしれない。

 夏にもってこいの小千谷縮を着てみたらどうだろう。涼しいし、きものを着こなす良い機会だと思うのだが。

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