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全日本きもの研究会 きもの博物館

50. 上布

きもの博物館

 上布と呼ばれる織物がある。全国を見渡せば、会津上布、越後上布、能登上布、近江上布、宮古上布、八重山上布等々、上布と名の付く織物は数多い。上布とはどんな織物だろうか。

 上布は「上等の布」の意である。昔、木綿や絹が用いられる以前、きものの素材は楮(こうぞ)や葛、麻だった。中でも麻が一般的で、その中でも上等とされたのは苧麻の上質の細い糸で織った薄手で軽い麻織物で、これを上布と称していた。今では上布は上質の麻織物を意味している。

 上布はその起源が古く、正倉院の御物にも納められている。各地の上布も歴史は古く、越後上布は千年、能登上布は更に古く崇神天皇の皇女が能登に滞在した折に地元の人に麻の上布を作ることを教えたのが始まりと言われている。崇神天皇といえば第十代天皇である。皇紀に従えばその御世は西暦紀元前97年から紀元前30年である。その通りだとすれば、何と2000年以上も前に能登上布は織られた事になる。それ程古い上布が今でも細々と織り続けられている。

 越後上布を例にとれば次のようである。 上布に用いる苧麻は背丈が2~3メートルの植物である。繊維として用いるのは皮の部分で原料として用いられるのは茎の部分の約1.5メートルである。畑の管理から始まり、皮を剥いて水に浸け繊維だけを取り出して糸にするために20もの工程を経る。

 さらに織物として出来上がるまでに「絣つけ」「整経」「機織」「雪晒し」「仕上げ」まで実に50もの工程を経る。いずれも手作業である。  

 越後上布は重要無形文化財に指定されている。指定を受けるためには次の五つの条件を満たさなければならない。

 第一に「糸は全て苧麻を手績みにて作ること」。 手績み(てうみ)と言うのは麻の皮を爪で裂いて細い糸にする工程で、一反分の糸を作るのに3ヶ月以上を要すると言う。麻は生糸のように長い繊維ではないので、糸は繋いで作る。細さの一様な糸を作るのは熟練の技を要する仕事である。

 第二に「絣の柄付けは手くびりによること」。絣柄を付ける為に白く残す部分を糸で縛って防染する。これも根気と熟練を要する。

 第三に「いざり機で織る事。」  いざり機は結城紬と同じ原始的な機で、経糸を織手の腰で張るために織手の技術が影響する。手績みの糸は繊細な為に高機には掛けられないと言う。織手が経糸の張りを微妙に調整しながら織るのである。いざり機で絣を合わせるのは難しく、1日20センチが限度と言う。

 第四に「シボとりをする場合は、湯もみ、足ぶみによること」。 織り上がった布は湯に付けて糊を落とし、さらに足で揉む事によって繊維が馴染んでより良い風合いとなる。八重山上布の場合は足によらずに砧打ちで風合いを出している。

 第五に「さらしは雪晒しによる」。 雪晒しは越後上布独特の制作工程で、出来上がった布を三月の晴れた日に真っ白な雪の上に晒される。

 上布が雪に晒されると更に白くなるという。真っ白な雪に紫外線が反応してオゾンが発生して、その漂白作用で白くなるのだと言うのだが、これも昔人の生活の知恵なのだろう。

 このようにして織られた上布は最高級の夏のきものである。四季の移り変わりがはっきりとしている日本の蒸し暑い夏には最適の織物である。きものが好きな人にとっては憧れのきものかもしれない。

 しかし、上布と聞くと、
「高価でとても。」
という声も聞かれる。上布は越後上布に限らず大変手間の掛かる織物である。現在、麻織物と言えば、ラミー糸という機械紡績の安価な麻糸もあり、必ずしも手績みで糸を作る必要もないかもしれない。しかし、麻を苗から育て、手績みで糸を作り、織り、手もみ、雪晒しという手間が生み出す風合いは機械ではできない。 それでも、
「昔は人件費も安かっただろうからできた所業で庶民も着れただろうけれども、今ではとても高価で・・・。」
と思うかもしれない。昔は人件費が安く、上布も安く手に入ったのだろうと。

 今時麻のTシャツなど千円も出せば手に入る。同じ麻の織物が、手で織ったからといって数十倍も数百倍もすることに異論を唱える人もいるかもしれない。しかし、実は上布は昔も安価な普及品であったわけではない。

 江戸時代に越後上布は銀5、60匁から8、90匁であったという記録がある。銀60匁というのは金1両に値し、金1両で米1石が買えた。米1石とは、米約150kgである。現在の米価からすれば、我山形の銘柄米「はえぬき」で換算すれば約7万5千円になる。

沖縄で織られる八重山上布

 エンゲル係数が現在より桁違いに高い当時とは比べ物にならず、実際にはその10倍から20倍の価値があったのではないだろうか。当時一人が食べる一年分の米価を払い上布を着る事が出来た人はそう多くはないはずである。昔から「上布」は「上(等の)布」なのである。上布はそれを織り続けてきた人々と、着続けてきた人々の「最高の物を」という心が支えている。

 数年前、ラミー糸で織られた宮古上布が出回り問題になったことがあった。ラミー糸は麻の機械紡績糸で、手績みの糸よりもはるかに安く輸入されている。宮古上布は前述の如く重要無形文化財に指定され、全て手作りの条件が付けられている。もちろんラミー糸を使えば重要無形文化財としては認められない。

宮古麻織の証紙

 ラミー糸の上布を作ったのは悪意からではなく、宮古上布の生産に従事する人が日銭を稼げるようにとの思いからだろう。名称も「宮古上布」ではなく「宮古麻織」として出荷されていた。重要無形文化財の証紙や検査証のシールは貼られずに宮古上布ではないことも明確だった。しかし、「宮古織物事業協同組合」のシールが張ってある為に、「紛らわしい」「末端消費者に混同される恐れがある」と問題になった。

 確かに今日の業界を思えば「宮古麻織」を「宮古上布」と偽って販売する者が出てくる可能性がある。しかし、重要無形文化財としての宮古上布を守り後世に伝える努力と共に、麻のきものの良さを広く知ってもらう為にも生産者の裾野を広げる為にも宮古麻織もまた有用である。

 最近は緯糸を手績みの苧麻糸、経糸にラミー糸を使った麻織も織られている。上布程高価でなく、本物の上布に近い風合いの麻織を、という生産者の試みだろう。

  要は、流通させる業者が正しく消費者に紹介し、麻織物の良さを分かってもらう事と思う。「宮古麻織」は手軽な夏の着物として、宮古上布は長い歴史が生んだ手造り逸品である事を消費者も流通業者も正しく認識できればと思う。

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