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全日本きもの研究会 きもの博物館

39. 草木染め

きもの博物館

 最近「自然」や「天然」という言葉がもてはやされるようになった。食品はもちろん、 化粧品や衣料品などに自然食品、天然素材という枕詞を付けた宣伝が多くなっている。そ れだけ現代の世の中、人間が自然から遠ざかっているのかと思わされる。

 きものの世界でも化学繊維は価格が安いことも去ることながら、絹や綿素材とは一線も 二線も画したところに置かれている。きものを着慣れた人にとっては、自然、天然は枕詞 などではなく経験的に心地良いものなのである。私の母は化繊のきものは着られないとい う。少しでも化繊の混じった半襟でもしようものなら首筋の毛が逆立って気持ちが悪いと いう。天然素材に慣れた人にとってはやはり自然が一番である。

 染色の世界では草木染というのがある。対極は化学染料である。この草木染も自然の素 材という看板を背負い好感を持って受け入れられている。しかし、草木染は少々扱いにく い面もある。
 先日、問屋さんが草木染の色無地を持ち込んできた。
「これは草木染100%の色無地です。今は染めているところが少ないんですよ。」
「草木100%ですか。本当ですか。化学染料を混ぜているんじゃないんですか。」

「いいえ、これは100%草木です。ですからお持ちしたんですよ。草木染と称する色無 地は沢山ありますが、100%草木というのはそうはないですよ。」
「そうでしょうね。それじゃ、色ヤケするでしょう。」
「・・・・・ええ、します。」
「紋は抜けますか。紋を入れるには書紋か別染めにしないといけないんじないですか。」
「・・・・・はい、紋はきれいには抜けません。少々黄色味が残りますので、どうしても 真っ白な抜き紋を、とおっしゃるのなら別染めしかありませんね。」 「別染めをしたら見本と同じ色は出せないでしょう。」
「・・・・・まあ、できるだけ同じ色にはしますが、全く同じ色という訳には・・・。」

 以上はその時の私と問屋の問答です。確かにその問屋の持ち込んだ草木染めの色無地は 深い色合いで、一目で科学染料とは違う風合いを感じさせるものだった。 草木染めには難点がある。紫外線に弱く色ヤケすること。美人薄命とは言ったもので、 特に鮮やかな色、ピンクや紫はヤケ易い。

 ヤケやすい割には堅牢度が高く、色を抜くこと ができない。化学染料で染めた色無地のように真っ白な紋は抜けず、少々色のかかった紋 になってしまう。そして、同一時に染めなければ全く同じ色に染めるのが難しい、等等で ある。

 問屋は私の質問を意地悪と受け取ったかもしれない。消費者の覚えめでたい草木染を持 ち込み難点を数え上げられるのは面白くはないだろう。しかし、店で扱う商品が草木染100%の色無地なのかどうか自信を持つてお客様に薦める為には是非とも聞いておかねば ならない事である。

 私がそこまで問屋を追求?すると、今度は開き直ってか問屋がさらに草木染の難点を指 摘してきた。
「これは、引染していますので、反物の見る方向によって色が微妙に違います。その説明 書にあるように生地を裁ってください。つまり、前身頃とおくみ、左右の後身頃は同じ方 向になるように。」 

 さらに厄介な問題である。仕立て屋泣かせと言えるかも知れない。


 あれやこれや難点を説明しなければならない草木染である。市中に出回る草木染と称す るものの多くが化学染料を混ぜてあるという話も聞いている。そうすることによって色や けを防ぎ、むらの無いきれいな染物に仕上げるのである。

 しかし、草木染の本当の良さは、草木の染料にある。どんな難点があろうとも、草木染 には化学染料にはまねのできない味がある。
 先に難点と書いてしまったけれども、それらは難点でも何でもなかっただろう。色無地 を着て白日の下羽織やコートも着ないで外を歩くことはほとんとなかっただろうし、抜き 紋は真っ白、というのは化学染料のなせる業で、真っ白な抜紋こそ本来不自然である。少々 の色の違いなど気にするはずもなく昔は草木染を楽しんでいただろう。

 化学染料に慣らされた目には草木染は難点だらけに見えるけれども、それは草木染の良 さを犠牲にしていることに他ならない。
 自然、天然ともてはやされる昨今、草木染の難点ばかりが指摘されるのはどうも腑に落 ちない。

 食品は自然な物を、と叫ぶ人達が八百屋の店先に並んだ色も形も大きさも同じく行儀良 く並んだ野菜に真っ先に手が行くのと似ているようにも思う。  今更ながら草木染の本当の良さを知っていただきたい。

 染色の歴史を遡れば、色土や草花の直接染色に行き着く。もともと「染める」は「沁み る」から来た言葉だと言う。色のついた土や花弁を糸や織物に擦り付けて色を沁み込ませ て染色していた。染色と言えるかどうか分からないほどの稚拙な染色法である。擦り込ん だ色はすぐに色落ちしただろうし、陽に晒せばたちまち色が変ったかもしれない。いくら 稚拙な染色法であっても、きれいな衣装を着たい、おしゃれをしたいという古人の欲求は 現代人と少しも変らない女性の心理である。

 人の欲求は、技術を発達させるものである。直接染色は揉染や浸し染といった、より本 格的な染色法を生み出した。黄柏(きはだ)やウコン、梔子(くちなし)などがその材料 として使われた。

 その後、さらに媒染染色法が発明され、効果的に草木染が行われるようになった。媒染 とは媒染剤を使って本来染り難い染料を繊維に吸着させる染色法である。そして、媒染剤 を替える事によって同じ植物染料でも様々な色を出すことができる。例えば、ウコンを直 接染色すれば黄色すなわちウコン色に染まるが、灰汁で媒染すれば赤色に染まる。あかね の根は明礬で赤黄色、鉄で褐色に染まるという様に。植物が本来持っている染料が媒染剤 によって様々な色になって現れるのである。

 植物染料はあたかも生きているようにも思え る。四季の変化の美しい日本の風土が草木の様々な顔を見せてくれるように草木染は媒染 によって様々な色を見せてくれる。  自然の目を持って見てもらえれば、草木染め否、染色の本当の良さを分かっていただける と思う。

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