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全日本きもの研究会 きもの博物館

26. 辻が花染

きもの博物館

 十五年程前に『辻が花』がブームになった事があった。火付け役は久保田一竹氏である。氏の作品は話題を呼び海外でも評価されていた。

 当時、京都にいた私も京都市美術館で開かれた「辻が花展」を見に行った。会場は黒山の人だかりで、一竹氏が好んで用いる金通しの生地に独特の色使い、そして全体に施された絞りが幽玄な雰囲気を醸し出していた。その優美な世界に引き込まれ、「これが辻が花か。」と思ったのは私だけではなかっただろう。

 ブームが起こると次々に商品が創られるのはどの業界でも同じで、御多分に漏れず呉服業界では辻が花の商品が巷にあふれた。一竹氏のコピー商品や桃山時代の辻が花を再現したもの、またそれらを安価に作る工夫がなされたり、どの問屋の展示会に行っても様々な辻が花が文字通り百花斎放の観を呈していた。

 さて、その当時は辻が花とは何なのか、どんな染物を意味するのかと聞いてもはっきりと答えられる人は少なかった。皆それぞれに商品を見れば「これが辻が花」と言えるのだけれども、どんな特徴をもって辻が花と言うのか、どのように染められたのが辻が花なのかと答えられる人は少なかった。

 辻が花は十五世紀頃現れた極めて特色のある染色法である。絞り染めを用いて柄を染め上げて行く技法はそれまでにないものだった。絞り染の魅力と言えば絞りによる柄の偶然性や絞られた際にできる立体感のある造形である。

 それまでの絞り染は(現代でもそうだけれども)、繰り返し模様が主で、作者の意図する自由奔放な柄を描くことはできなかった。絞りに限らず古来より布に自由に絵を描く方法が工夫されてきた。夾纈や臈纈がそうであり、友禅染が考案される前の茶屋染もそうであった。古人が絞りの技法を用いて何とか布に思った柄を染め上げる工夫をしたのが辻が花染である。

 辻が花染の柄には特徴がある。菊花、椿、藤花、丁子などが絞りの手法で白く抜かれ、繊細な墨絵が施されている。そして、菊花、藤蔓、椿の枝の細い線も縫い絞りによって現されている。辻が花と言うのはあくまでも染の技法の名称なのだけれども、一目でそれと分かる辻が花の柄は、絞りという限定された防染法に頼っているために描かれる柄も限定されていったのかもしれない。

 京都国立美術館の切畑健氏は辻が花の特色を次のように言っている。

 「辻が花に採用された絞り染は、文様を染めあらわすための手段である。」
 「絞り染特有の偶然に生じた染色の濃淡や立体感ある造形を目的としたものではない。」

 その点を考慮すると、久保田一竹氏の辻が花は、その立体的な造形を特徴としているが、それは本来の辻が花とはかけ離れたものと言わざるを得ない。一竹氏の辻が花は先染(先に柄を描き)された上で、空絞り(文様を染めるためではなく、絞りによる立体感を得る為の絞り)が施されている。一竹氏の作品はその独創的で大胆な柄もあいまって、第一級の染色作品であることは否めないけれども、本来の辻が花とはかけ離れた手法で染められており、「辻が花」の名が一竹氏の名を通して世間に広まったことに私は少々不満を持っている。

 さて、幻の染と言われる辻が花染の忠実な復元に打ち込んだのは、故小倉建亮氏である。そして、その技術は現在福村廣利氏によって受け継がれている。大小の帽子絞り、縫い締め、巻き上げ等各種の絞りを巧みに用いて辻が花を再現している。そして、福村氏の作品は、草花、動物、魚などをモチーフとして染め上げられている。

「辻が花とは、全体に絞りが施され、藤花や椿の柄が配されている。」
という印象を持つ者に氏の作品は、
「これが辻が花?。」
と、疑問を抱くかも知れない。氏の作品には飛び跳ねる兎、群れをなして泳ぐ魚など、自然の持つ優しさや生き生きとした生命感を柔らかい色調の中に表現しているものが多い。しかし、それらは紛れもなく辻が花の技法を忠実に受け継いで創られたものである。

 私が福村先生にお会いした時、先生は辻が花染について淡々と話してくれた。
「辻が花染というのは素朴な染方なんですよ。辻が花という語源は知っていますか。」

 辻が花の語源に付いては誰しも疑問に思う。私も辻が花ブームの時、その語源に付いては調べて知っていた。『つつじヶ花』が転化した説。格子模様すなわち『辻』に花が描かれているので『辻が花』になったという説。奈良の木辻という所で染められていた『木辻ヶ染』という染色法が『辻が花』になったと言う説の三つが有力である。私はその事を先生に話すと、

福村先生の絵絞り(辻が花)

「ええ、一般にはそのように言われていますし、その通りかも知れませんが、私はこう思っています。『辻』と言うのは狭い場所、そして『花』というのは柄を指していると思うんです。それまでは細い柄を染めることができなかったけれども、この染色法によって絞り染で細い柄が染められるようになったのです。」

 先生の説は本当かどうか分からないけれども妙に説得力があった。それは実際に辻が花を復元し染めている者にしか分からない感覚なのかも知れない。

 福村廣利氏の辻が花染は、昔人がめざした、「絞りを用いて自由に柄を描く」という夢を実現した究極の辻が花染のように思えてくる。

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