明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの博物館

41. 紗合せ

きもの博物館

 天の羽衣といえば、どんなきものを想像するだろうか。

 天の羽衣に関する、いわゆる羽衣伝説は各地に伝わっている。中でも有名なのは三保の松原の天人の羽衣である。松の木に掛けておいた羽衣を盗まれ天界に帰れなくなった天女が羽衣を返してもらう見返りに天界の踊りを踊って天に帰っていくというストーリーである。

 子供の童話としても話されているし、能『羽衣』としても上演されている。私も小さい時分にこの話を聞いたことが有るが、さて羽衣とはどんなものだろうと想像したものである。天女が空へ飛び立つ為の道具なのだから、何かフワフワとした透き通ったような・・・そんな印象だった。しかし、具体的にどんなものかは分からなかった。 三保の松原に有る御穂神社には羽衣が掛けてあったという黒松の大樹があり、その羽衣の断片と称する生地が残されていると言う。それは羅の生地だという。

  実は、伝説の黒松は富士山の噴火によって海没し、現存する黒松は二代目である。そして、羽衣の断片と称する生地も誰かがそれらしく置いたものであることは想像にかたくない。

  羅は目が粗く、一見空を飛ぶための羽衣のように見えるかもしれない。しかし、羅は私には少々硬い印象がある。私が業界に入って多くのきものを見てきたけれども、これぞ羽衣と思えるものがあった。

  問屋に入りたての頃、ある時見たこともないきものが数枚重ねてあった。フワフワとして透き通るようなきものだった。
「何ですか、これは?」
「ああ、それは紗合せだよ。無双とも言うんだ。」
 広げてみれば二枚の薄物を重ねたきものだった。薄物とはいえ二枚重ねてあるので透き通る訳はないのだけれども、二枚の薄物が織り成すモアレ模様は透明感があった。私にはとても不思議なきものに思え、
「これぞ天の羽衣だ。」
と思ったものだった。

紗袷訪問着

 紗合せは絽や紗の上に紗を重ねて仕立てた夏衣で、訪問着や付下げ、コートが作られている。紗と紗であったり、絽と紗の組み合わせであったりする。訪問着や付下では通常絽の友禅に紗を重ねて仕立てている。

 仕立てられた紗合せはそれを着た姿がまたすばらしい。歩く度に二枚の薄物が離れてはくっつき、また風にあおられながら織り成すモアレ模様は幽玄世界を涼しげに演出してくれるのである。
「このような美しさは洋服にはあるのだろうか。日本独特のものではないだろうか。」
と思ったりする。しかし、紗合せというきものの歴史はそう古いものではないらしい。

 紗合せに関して文献で調べようとしても中々探せない。物の本には、大正時代に一部の人達に着られ、戦後芸者集が着たという記述もあるが、古い裂やきものの図鑑を片っ端から見てもそれらしいものは出てこない。和服の辞典さえも載っていないものが多い。そこで、いろいろと人に聞いてみたが、総合的に判断すると、紗合せが一般に着られるようになったのはどうも昭和40年ころらしい。

 私の店で初めて仕入れたのは昭和40年台である。問屋でもその頃だという。さらに仕立て屋さんにも聞いてみた。昭和30年頃に仕立てを習った人は紗合せの仕立て方は習っていない。やはり40年台になってから必要に迫られて仕立て方を習ったという。しかし、昭和50年頃に仕立てを習った人は正式に紗合せの仕立て方を習っているという。

 やはり、紗合せは昭和40年台になってから普及したきものらしいが、本当の事を知っている人がいたら教えて欲しい。

 そんな訳で紗合せはきものの歴史から見れば極最近できたものと言えるのだけれども、私にはどうしてもそうは思えない。あまりに日本的な美しさと情緒をもっているのである。

 さて、では紗合せは何時着るのだろうか。季節感にうるさい日本のきものである。着てみたいと思う人もさぞかし気になるところだろうと思う。

「紗合せは単衣と薄物の間の極短い時期。」
と聞いた事もある。また、
「五月下旬から六月、八月下旬から九月まで。」
と書いてある文献もある。 しかし、紗合せはいつ着るのかという議論をする前に、紗合せは最近あまり見かけなくなってしまった。

 きものを着なくなっているという事情もあるだろうし、紗合せは特殊なきもの、という意識もあるかもしれない。しかし、私は夏を感じさせるきものとして紗合せは是非残してもらいたいきものである。そんな訳で、一般に着られるようになってから比較的日の浅い紗合せには着る時期について定説が無いといっても良いように思える。
「単衣の時期と重なるのか。」
「いえ、五月初旬では早すぎる。」
「では盛夏には着られるのか。」
「いくら薄物でも盛夏に袷は。」
と言うところだろう。

 きものに成文化された規則は無い。紗合せについてはなおさらである。五月でも寒さが感じられる時は避けたほうが良い。夏を感じさせる時期から初夏に掛けてというのが見る人の目を最も楽しませてくれるのではないだろうか。 

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