明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 36.単衣の着物は何時から着るべきか

きもの春秋終論

 毎年、この時期になると私の頭を悩ませる問題が頭をもたげる。表題に記した
「単衣の着物は何時から着るべきか」
と言う問題である。

 私は何も気にせずに、自然に単衣を着るべき時に単衣を着ているが、お客様からは次の様な質問が寄せられる。

「単衣は何時から来て良いのですか。」

「五月に結婚式があるのですが、単衣ではまずいでしょうか。」
「お茶会で友人が、暑いから単衣で行くと云うのですが、六月前に単衣を着ても良いのでしょうか。」
この件に付いては、これまでも何度も陰に陽に触れてきたつもりだけれども、改めて論じたいと思う。

 このような質問が寄せられるのは、「五月までは袷、六月は単衣」と言う暗黙?のルールがお客様の頭を悩ませているからである。
 確かに着物のしきたりを説いた本には「五月までは袷、六月は単衣」と書いてある。まして着物を始めて着る人達、または着物を着る自信のない人達は何を着ればよいのか、不安を覚えてしまう。

 着物を着る事に不安を覚えれば、着物を着たいと言う気持ちも萎えてしまうのではないかと私は心配になる。

 着物には、袷、単衣、薄物の三種類があって、季節により衣替えする事は着物を着る人であれば誰でも知っている。

 日本の風土は、四季の区別がはっきりしており、三十度を超える(最近では四十度を超える)暑い夏があると思えば、凍てつく寒さと雪の降る冬もある。日本人はこの自然現象を四季折々の風景と捉え生活の中に生かしてきた。衣装のみならず食べ物や住まいの設えなど、いわゆる衣食住全てにおいて季節の変化を受け入れ、それを生活に生かしてきた。

 私は、このような季節を巧みに生活に取り入れた日本文化は人々の暮らしをより良い物にしていると思っている。着物の衣替えもこの季節の変化を巧みに反映させている。

 季節の変化は、我々日本人の生活を豊かにする物であり、着物の衣替えもそれに即した物でなければならない。しかし、生活を豊かにするはずの衣替えが着物を着るのを躊躇させるのであれば、どこかでねじ曲がってしまったのではないだろうか。

 袷から単衣に衣替えをする時期は必ずある。巷で言われているのは五月と六月の境目である。先に期したように物の本ではそのように言われている。

 そのような先入観を抜きにして考えてみよう。昔の人は何時袷から単衣に衣替えしたのか。「昔」と言うのは、明治時代や江戸時代ではなくもっともっと昔の話である。

 縄文時代や弥生時代に、袷や単衣と言った衣装があったかどうか分からないが、日本に袷や単衣といった衣装ができた時代の事を考えて見よう。その時代の人達は何時袷から単衣に衣替えしたのか。言うまでもなく、それは暑くなった時、袷を着ていて暑いと思った時である。

 袷や単衣は、薄物も含めて人間の体温を維持するための工夫である。その為に暑ければ単衣に替え、寒ければ袷に着替えただろうことは、その時代に生きていなかった私でも容易に分かることである。

 そう言う自然な衣替えでは、一度単衣に替えた後、急に寒くなり再び袷を出して着ることもあっただろう。最近は天候不純で暑くなったり寒くなったりして、セーターを出したり仕舞ったりすることもあることを考えれば頷けると思う。

 しかし、着物の世界では、袷、単衣、薄物に衣替えをする時期がはっきりと決められている。その年の気候、温度の変動を加味することなく、毎年同じ日時に衣替えをしなければならない。これは、一見衣服の本来の目的である体温を保持して生命を守る、と言った目的に合致しないように思われる。

 しきたりとして衣替えが行われるようになったのは何時ごろからだろう。

 平安時代には年に二回、夏服と冬服の衣替えが行われていたと言う。江戸時代には四回行われ、庶民もこれに習っていたと言う。宮中や殿中では、しきたりと四季の風情を重んじて衣替えは厳格に行われていただろう。そして、庶民もそれに倣っていたとすると、さすがに日本人の季節の移り変わりに対する思いを感じる。

 しかし、実生活で庶民は厳格にしきたりを守っていただろうか。年毎の気温の変動は少なからずあったはずである。冷夏や暖冬も幾度となくあっただろう。寒い夏に我慢して薄着をしていただろうか。夏が早く来ても袷を着ていただろうか。庶民は、衣服の本来の機能である体温の保持を第一に考えて着物を選んでいたと思う。

 普段着に限っては、暑い時には涼しい、寒い時には温かい着物を着ていただろう。もちろん季節のしきたりには気を使っただろうけれども、寒くても我慢して単衣を着たり、暑くても汗だくになって袷を着るようなことはなかったはずである。

 最近は地球温暖化の影響なのか、昔に比べて気温が上がっている。昨年の猛暑は言うまでもなく、山形でも昔はもっと雪が積もった記憶があるが、今はそれ程雪が降らなくなった。

 四月ともなると暑い日がある。暦の上では袷の季節なのだけれども、袷を着ていては汗だくになる日もある。

 先日、イベントで着物を着たけれども、暑いので単衣を着た。五月には毎年料理屋のお祭りで給仕を手伝っているのだが、走り回るのでいつも単衣に麻襦袢を着ている。しきたりを重んじる?着物の先生からはお叱りを受けるかもしれない。それでも袷を着て走り回る気にはどうしても為れない。

 さて、
「単衣の着物は何時から着るべきか」を考える時、
「季節による着物のしきたり」と
「体温を保持すると言う衣服本来の機能」
をどのような整合性をもって臨めばよいのかを考えなければならない。

 まず一つ言える事は、普段に着る着物は、しきたりに束縛される事無く衣服本来の機能を優先させるべきである。寒ければ厚着を、厚ければ薄着をするのは洋服に限らず古今東西の民族衣装の常識であろう。

 そういう意味では普段着の場合、単衣は四月の暑い日には着ても構わないだろうと思う。実際、私は汗の出るような四月の暑い日に袷の着物を着る気にはなれない。

 ただし、気を付けなくてはならない事がある。

 やはり日本の着物は季節感を大切にする。袷の季節とされている五月に単衣を着るのであれば、できるだけ単衣を着ていることを気取られない着方をすることである。

 例えば、同じ単衣でも色の薄い白っぽいものは避ける、帯もそれに準じたものを締める。どうしても暑くて夏襦袢を着るのであれば、半襟を袷様にする等。

  ちょっとした工夫、気遣いで普段着を着る事が大切と思う。

「単衣の着物は何時から着るべきか」
その答えとして私は自分に次のように言い聞かせている。

・衣服本来の機能は体温を保持する事である。それに逆らうのは自然な姿とは言えない。

・従って普段着に関してはその時々の気候に合わせて着物を選ぶことは何も差し支えない。「暑い日には単衣を、寒い日は袷を」と言うように。

・しかし、日本には季節感を大切にする伝統があり、それは日本の精神文化においても決して無視できない大切にすべきものである。

・晴の場においてはその伝統にのっとって着物を選ばなければならない。

・そうすると、暑いのに袷を着なくてはならない場合が生じる。これが、「単衣の着物は何時から着るべきか」の疑問に通じている。

・晴の場で暑い日に袷を着なくてはならない場合。その時は、「体温を保持する」と言う目的に則した方法はいくつもある。

「胴抜き仕立てにする」「晒の半襦袢を着る」「麻襦袢に塩瀬の半襟を付ける」等々

・普段着で袷の時期に単衣を着る場合は、できるだけ袷のような色柄(寒々としない)の単衣を着る。帯も同じである。

 以上が、私が袷の時期に単衣を着る時の心得である。

 さて、ここで大事なのは、私の心得が全国どこでも全て通用するとは限らないことである。私が思っていることは私の自己満足である。自分で自分を否定しているようだけれども、着物のマナー(特にTPO)のトラブルはここから起こっている。

 即ち、全国統一で守るべき着物のマナーは唯一である、と言う考え方が混乱を招いている。
「五月は袷を着なければならない。単衣を着てはならない。」
と思っている人は相当にいるように思われる。
「こんなに暑いのに黙って袷を着ている自分は着物の伝統を正しく守っている。」
と言う事だろう。

 五月に袷を着るのは、しきたり通りでありそれで間違いはない。しかし、広い?日本には色々な人がいるし色々な生活風習がある。晴の場で着物を着る事はなく、茶道にも縁がなく、ただ着物が好きなので普段着物を着ている人もいるだろう。その人が袷の時期に単衣を着ていても誰も何をいう事でもない。

 逆に、お茶や習い事をしている人達にとって守るべきは師匠の教えである。どんなに暑かろうと師匠が袷を着ると言ったら袷を着なくてはならない。

 そう言った色々な人たちに「単衣の着物は何時から着るべきか」を問うのは回答のない問題を提示するようなものである。

 袷の時期に袷を着た人と単衣を着た人が出会ったとしたら、
「いやー、今年は格別暑いですね、私はたまらず単衣を着てしまいました。」

「あら、涼しそうで良いですね。私はこれからお茶会に行くので袷を着ていますが、実は中の襦袢は麻を着ているんです。」
「ああ、それなら涼しいでしょう。」
「それにしてもステキな単衣の着物ですね。」
「いや、あなたこそきちんと袷の着物を着て、とても素敵ですよ。良いお茶会になるといいですね。」

そんな会話ができない物だろうか。

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