明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 31.日本のきものを支える底力

きもの春秋終論

 私共のHP「全日本きもの研究会」を立ち上げてから20年過ぎた。この間多くの方に訪問していただいたようである。「ようである。」と言うのは、アクセス数をカウントしている訳でもなく、SEO対策をしている訳でもない。ただ淡々と更新しているのみである。

「ゆうきくんの質問箱」は故有って閉鎖させてもらったが、これまで520件の相談をいただきお答えしてきた。その後もメールでの質問も頂戴している。

 また、電話での問い合わせ、相談も時々頂戴している。そして、わざわざ山形までお出でいただく方もいらっしゃる。「たまたま山形に来たので」とか、「偶然通りかかったら、あの結城屋さんかと思って」と来店される方もおられるが、中にはわざわざ電話でアポをとってお出でになる方もいらっしゃった。

 そう言う電話を頂戴すると、
「何しにお出でになるのですか。」
とは聞きづらい。
「ただ何となくお出でになるのか、それとも着物の仕立て替え等相談事があっていらっしゃるのか、はてまた何か着物を探して買いにいらっしゃるのか」
分からない。

 しかし、
「何か着物をお探しですか、欲しい着物があるのでしたらご用意いたします。」
とでも言おうものなら、昨今の着物業界の現状を見るに、相談があって訪問しようとされる方に壁を造ってしまいそうである。

 問い合わせがあった時には、日時の確認をして都合が許せばそれ以上は聞かずにご来店を待つようにしている。それでもやはり遠方から来店される場合は、何の用事でいらっしゃるのかが気になる。

「何か高価な着物を探してお出でになるのだろうか。お出でになって、こんなちっぽけな店だとがっかりしてお帰りにならないだろうか。私が大風呂敷を広げたと思われはしないだろうか。」

「わざわざ遠方より来てくださって着物の相談だとすると、満足にお答えできなかったら申し訳ないな。」

などと自己嫌悪に陥ってしまう。

 遠方からお出でいただいた中でも最も印象に残っているのが、現在京都で着付け教室を開いている清水直さんである。(本人の承諾を得て実名で出させていただいています。)

「当店を伺いたい」の電話を頂戴したのは5年前だった。

 電話の向こうの声は若い女性である。例によって私は来店される日時をうかがった。そして、

「どちらからお出でになるのですか」と問うと、

「京都です。」と言う答えが返ってきた。

「京都?」、着物を扱う者にとって「京都」と言う言葉には特別の響きがある。それは遠い近いの問題ではない。京都は着物の中心地である。京都から何のための片田舎の山形の私の店にやって来られるのか。

 着物を求めようとやってこられるのなら、私の店でいくら良い商品を揃えたとて、地元の人が京都で探す方が遥かに探しやすいはずだ。着物の知識を得ようとするのなら、京都には現場で働く職人もいれば、私よりももっと老練な業界人も星の数ほどいるはずである。

「いったい何を目的でわざわざ京都から山形に・・・・。」

そう言う思いが一気に膨らんできた。

当 日、お昼も過ぎた頃その方が店にお出でになった。

「こんにちは〇〇(旧姓)です。」

 その方を見た途端、私の目は点になった。店に入っていらしたのは和服姿の若い女性だった。目が点になった理由は、染物の着物を着ていた事。そして、全く着崩れもなく、たった今着物に着替えて来たのかと思える姿だったからである。

 京都から山形までは飛行機でもドアツードアで5時間。新幹線の乗り継ぎならば6~7時間かかる。紬で来るのは分かるけれども、染物でいらっしゃるとは思わなかった。

 着物が縁遠くなった現代、長い時間染物の着物を汚さず着崩れもせずに着る人をそう見かけない。私は京都からいらっしゃると聞いて、直感的に「着物ならば紬」と勝手に心のどこかで想像していた。それも全く着崩れもせず、着疲れをした風でもない。

「いったいこの方は何者で何をしにわざわざ山形まで・・・。」

 そういう思いが益々強くなった。

 2時間くらい話をしてようやく理解できた。(詳しい事は本人のブログに掲載されていますのでお読みください。https://kimonoshake.jp/archives/3041

 彼女は学生時代に着物に巡り合い、きものの女王にも選ばれている。卒業して一流企業に就職したが、あきらめきれずに転職して着物を生業としたい言う。

 今時若い人が着物の業界に入りたいと言うのは大変ありがたい話である。しかし、業界の状況は厳しく、私も責任を持って勧められるものでもない。まして、一流企業にお勤めと言うので私もしり込みしてしまった。

 着物業界と言っても上から下まである。糸を採る養蚕から始まり、製糸・製織、そして織屋・染屋から問屋、小売屋まで。また、着付師、仕立師、悉皆といった着物を支える仕事も沢山ある。

 いったいどのような着物の仕事に就きたいのか。話をするうちに次第に彼女の気持ちが読めてきた。希望する具体的な職業ではなく、
「彼女は着物が本当に好きなんだ」
と言う事を。
「いつも着物に触れていたい」
職業に就きたいのだと。

 小売屋ではだめだろう。現在の小売屋の多くは、着物の事よりも着物を売る方法に専念している。折角着物が好きな若い方には、かえって着物が嫌いになられるようでとてもお勧めできない。

 問屋はどうだろうか。私は問屋で修業をした。総合問屋であれば裏物から振袖まで着物に関する全ての商品を触れられると言う事で、二年間で着物をある程度理解する事もできた。しかし、今の問屋に往時の力はない。企画物に走る問屋が多く、だいたい商品を持っていない問屋が多い。染屋や織屋から商品を借りて商売をしているので常時店に商品がない。専門問屋の中には商品を抱えるところもあるが、極一部の着物にしか触れる事ができない。

 そう考えると彼女には「着物をプロデュースするような仕事が良いのですね。」としか答えられなかった。それは具体的な仕事を意味するものではなかったし、今の業界を見渡して、私の知る限りでは、彼女の意に沿う仕事は思いつかなかった。

「わざわざ山形までお出でいただいて、何か得る物はあったのだろうか。」

とずっと心の底で思っていた。

 さて、その後しばらくして京都に仕入れに行った時のことである。

「山形の結城屋さんですね。」

 ある問屋の展示会場で若い女性に声を掛けられた。清水さんだった。

 相変わらずきちんと着物を着ていた。聞けば、某メーカーに就職し、展示会の販売に来ていると言う。そのメーカーは次々に新しい柄や素材に挑戦している話題のメーカーだった。すっかり着物の業界人となり接客も巧くこなしていた。

 その後、もう一度京都の展示会でお会いしたが、先日メールを頂戴した。2年前に独立して京都で着付け教室を始めたとの事だった。

 着付け教室・・・・・清水さんの着物を純粋に愛する気持ちで是非頑張っていただきたいと思う。

 実は昨今の「着付け教室」と言う言葉に、私は余り良い印象を持っていない。

 着付け教室が巨大な組織となり、それぞれの教室で考案した道具を使った着付け。生徒を囲い込む弊害も生まれている。「きもののしきたり」と称する決まりごとが着付け教室毎に異なり着物を着難くしている。もともと統一されたきもののしきたりなどないのだけれど。

 また、「無料着付け教室」と称して生徒を集め高額な着物を売りつける、と言った事もなされている。本当の着付けを習いたい人はどこへ行けば、どこを紹介したら良いのだろうと思う。

 着付けは着物を着るのに是非とも必要で、着付けを学ぶことで益々着物が楽しく、好きになってもらわなくてはならない。それは上から押し付ける着付けの普及ではなく、着物の良さを知る人がごく自然な着付けを広める事である。

 着物は売る人の為にあるのではなく着る人の為にある。着付けは教える人の為ではなく着る人の為にある。

清水さんの様に本当に着物を好きな人に一人でも多くその仲間を創ってもらいたいと思う。それこそが真に「日本のきものを支える底力」だと思う

 清水直さん、また同じような志を持つ若い方々を応援いたします。頑張ってください。

 清水直さんの着付け教室のHPは下記のアドレスです。

「きつけ教室すなお」http://kimonosunao.com/info

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