明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 7.不思議な下駄

きもの春秋終論

 先日、お客様が下駄を買いにいらした。閉店も近い時刻で、買い物袋を片手に店に入ってきたそのお客様は、安いスポンジ底の履物を見ていた。足元を見ると下駄を履いている。そのうち、下駄が並んでいる棚に行って下駄を手に取って見ていた。

「下駄はお好きですか。」
と言って声を掛けたけれども、先に見ていたスポンジ底の履物に比べて下駄は3~4倍の価格である。私の店の下駄はほとんどが国産の素材を使い、鼻緒は本天、又はそれに準ずるものを使っている。失礼な話だけれども、そのお客様の履いている下駄はそうは見えない。どう見ても南方の柔らかい桐材で、形も何となくおかしい。果たして買っていただけるのか不安だった。

するとそのお客様が、
「この下駄〇〇(大手スーパー)で買ったんだけれども、とても履きずらくて・・・。」
「私、下駄が好きなんです。」
とおっしゃった。そして、
「履いてみても良いですか。」
と言って、履いていた下駄を脱いで手に取った下駄に合わせていた。

 さて、その脱いだ下駄を見て私は「アレッ」と思った。

 脱いだ下駄の形が何だかおかしい。よく見ると鼻緒が真ん中に付いていない。ツボの位置が左に寄っている。(右足だった)下駄の鼻緒は真ん中に付いているものである。この事情については『続々きもの春秋6. 下駄の鼻緒に関する力学的考察』を参照していただきたい。

 日本の履物は鼻緒が真ん中に付いている。西洋のサンダルは足の形に合わせて鼻緒は内側に付いている。日本の履物と西洋の履物の大きな違いである。

 最近はサンダルのような下駄?も創られている。サンダルのような形をした下駄であれば、鼻緒の位置が偏っていても合点が行く。しかし、その下駄は右近型(楕円形の下駄)である。更に、その下駄は長さが非常に長い。

結局その下駄は、標準よりも長く、鼻緒の位置が偏っていたので何となく一目で違和感を感じたのだった。

さて、何故そのような下駄が出回っているのか。私が文句を言う筋合いではないかもしれないけれども考えさせられてしまう。

 日頃下駄、草履を売っていてお客様から次のような言葉を耳にする。
「この下駄は小指がはみ出してしまいます。」
「小さくて踵が出てしまいます。」

 特に若いお客様からこのような言葉が聞かれる。それに対して私は次のように説明している。

「日本の履物は鼻緒が真ん中に付いているので小指は出て当たり前です。」

 更に、
「何故鼻緒は真ん中に付いているのか。」
と問われれば、『続々きもの春秋6. 下駄の鼻緒に関する力学的考察』で書いたことを詳しく説明している。

 踵が出ることについては、日本の下駄草履は踵が出て当たり前であることを説明している。

 西洋の履物に履きなれた人にとっては、小指が履物からはみ出したり、踵がはみ出したりするのは奇異に感じるのだろう。

 西洋のサンダル、日本の下駄、どちらの形状が良いのか、あるいは正しいのか、と言った議論は成り立たない。それぞれ長い歴史が創ったもので、それぞれに合理性がある。サンダルはサンダルの形状、下駄は下駄の形状に従って造られ履くことが自然である。

 では何故そのような下駄が創られ出回っているのか。私は次のように推察する。

 昔から日本人が履いてきた下駄や草履の鼻緒は真ん中に付いている。昔は日本人であれば誰しもが履いていたので、何の違和感もなく履いていた。しかし、和装が廃れ洋装が主流となってきた現代、履物と言えば靴、カジュアルな履物としてはサンダルがある。サンダルの中には鼻緒の付いているものもあるが、それらの鼻緒は内側に寄っている。下駄、草履に右左はないが、サンダルには右左がある。

 下駄、草履は鼻緒が真ん中にあるために、外側の小指ははみ出てしまう。また、踵は出るのが普通である。この点が洋式の履物と大きく違う。

 洋式の履物に慣れた人が下駄や草履を履くとまずこの点に違和感を感じる。

 お客様に試しに履いてもらうと、
「この下駄小さくて小指がはみ出してしまいます。」
「この草履は踵が出てしまうのでもっと大きな草履はないですか。」
と言われることが度々ある。お客様足のサイズを聞いたうえで勧めるのだが、このような話はよく聞く。

 鼻緒は、初めて履く時にはきついのが当たり前である。履いているうちに足になじんで緩んでくる。従って新品の下駄、草履は足が入りずらい分余計に踵が出てしまう。それで益々下駄が小さく思えてくるのだろう。

 このような事情は、洋装が主流の現代においては致し方のない事だろう。お客様には洋式の履物との違いを説明して履いてもらわなければならない。履いていただければ下駄や草履の良さは分かっていただけるし、着物や浴衣に合ったいでたちで履いていただけるのである。

 しかし、問題なのは、お客様から「小指が出る」と言われれば鼻緒の位置を変える。「踵が出る」と言われれば妙に長い下駄を創る、と言った事が業界で行われていることである。

「お客様の要望に合った商品づくり」のつもりかもしれないが、本当に下駄、草履の事が分かっている人がそんなことができるだろうか。もしも、
「訪問着の袖が長いので着ずらい」
と言われれば洋服の袖のような訪問着を創るだろうか。初めて着物を着る人、初めて下駄を履く人の意見を聞いて着物や下駄の本質を教えることもなく迎合した商品づくりは何をもたらすのだろうか。

 以前に書いたけれども、裄が2尺3寸位の既成浴衣が問屋に有った。百貨店の担当者からの依頼で創った言う。おそらくこの下駄も大手の流通業者の依頼で創ったものだろう。

 流通業界では沢山売る者の意見が通る。大手の流通業者がモノ作りに介入してくるけれども、果たしてその人達は自分が創らせようとしている商品にどれだけ知識があるのだろうか。

 和装業界はその規模が縮小しているだけ業界に関係のない人達の影響力が増してきている。今後、私の目には「変な商品」が出てくることだろう。それを消費者がどう捉えるのか、業界の人間はどのように扱うのか、着物の将来が案じられる。

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