明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 34. 日本文化はどこへ行く・弐

きもの春秋終論

 最近、着物の業界紙に「小学生の袴」が話題になっていると言う記事があった。小学生が袴姿で卒業式に出るのが流行っているらしい。「らしい」と言うのは、山形では未だ見かけない。いや、私は小学生と縁が薄くなったので見かけないだけなのかもしれない。

 そう思ってWEBで検索してみると、なるほど話題になっていた。そして、それらのサイトでは賛否両論が渦巻いていた。
 
 小学生が着物に袴を履いて卒業式に出る様を想像すると、女学生のミニチュア版の様に思える。山形でも大学の卒業式のシーズンを迎えると街で袴姿の若い女性が見受けられる。

 明治以降、女学生たちは着物に袴を履く人が多かった。どれだけいたのかは分からない。案外名門の女学校に通う富裕な女学生だけだったかもしれないが、その姿そのシーンはテレビドラマや映画にも登場する。日本人にとってごく普通の場面に思える。

 小学生の袴姿と言うと今迄は余り見かけなかった。これからそういう姿が見られるようになるのかな、とも思うけれども、その是非について賛否両論、議論が巻き起こっているようだ。

 もし私に、小学生の袴について賛否を問われたならば、私は「わかりません」としか答えられない。着物を生業とする者の責任を放棄するわけではなくて、その背景を整理していかなければ誤解が生じるからである。

 賛成、反対の意見を見て見よう。

 まず賛成の意見としては、

「日本の伝統文化に触れられる機会である」

「子どもの時に着物を着る機会が増える。」

「服装は自由である。」等

反対の理由としては、

「華美な姿は相応しくない。」

「服装の高額化。」

「履きなれない衣装は、転倒などの危険がある。」

「着崩れの対応ができない。」

「トイレでのトラブルがある。」等

 どちらも一理ある。一理あるだけに議論が始まれば結論には到達しそうにない。では、一つ一つ検証してみよう。

 まず、賛成派の意見である。集約すれば、

「子どもの着物姿はかわいい。何故、日本の伝統である着物を着てはいけないのか。」

 その通りである。着物に限らず、明治維新以来、日本の文化は隅に追いやられてきた感がある。

 昔、小中学校の音楽の授業で邦楽を教える事は殆どなかった。音楽の教科書の最後のページに越天楽や筝曲が申し訳程度に載っていたが、レコードで一度聞かせられるくらいで、それ以上突っ込んで先生が邦楽を教える事はなかった。(先生自体が邦楽には疎かったのだろう。)

 着物を着ようとしない、あるいは着たことがないのは、そのように日本文化が隅に追いやられ、自分だけ着るのはおかしい、着たことがないので着れない、となってしまったのだろう。

 私は、息子の小中学校の卒業式には紋付袴で出席した。役員をしていたので、生徒の間を通って雛段に付いた。すると男子生徒から細やかなどよめきが上がった。最初、「だせいなー」「なんだありゃ」と言う嘲笑かと思ったが、よく聞いてみると、「かっこいい」「ステキ―」と言う声だった。息子は余程恥ずかしかったと思う。

 高校の卒業式では担当した先生方全員に着物を着てもらった。着物が好きな校長先生だったので、話は進んで担当した男性教員全員紋付袴姿となった。その時も大変好評だった。日本の文化を愛でる気持ちは、若い人の中にも十分に受け継がれている。

 日本の文化を否定する理由は見当たらない。

 では、反対意見はどうだろう。

「転倒の危険」や「着崩れ」「トイレのトラブル」と言った事は、着物を着たことがない故のトラブルであり、日本文化を隅に追いやったが為の結果である。いずれも避けて通れない問題かもしれないが、小学校でナイフを禁止したがために、鉛筆をナイフで削れる子供がいなくなったのと同じ弊害が起きている。

「服装が華美になり高額化する」と言う意見も非常に強い。そして「経済的に困難な人が可哀そうだから」と言う意見も強い。これはどうしたものだろう。

 私が京都にいた時分(30年以上前のことになるが)、問屋の出張員として呉服屋を周っていたところ、あるお店で次のような事を言われた。

「この辺では振袖は売れませんから。」

 持ってきた振袖を見せようとしたが、そう言って断られた。

 よく聞くと、その町では成人式の振袖は禁止されていた。理由はやはり「振袖を着られない人が可哀そうだから」だった。言われてみれば一理あるが、私は、「そんな理由で振袖が禁止されるなんて・・・」と思っていた。

 では、洋服ならば何でもよいのか。ブランド物の子供服の中には、安い着物を越える価格の物もあるだろう。しかし、洋服においては、おそらく振袖のような論理は通じないだろう。日本文化が特殊なものとして認識されてしまっているのだから。

ここまで書くと、私は、
「日本の文化、日本の着物を偏見なく捉え、正しく認識してもらいたい」
の一言である。しかし、だからと言って、
「小学生の袴姿に手放しで賛成」
とは言えないのがこの問題の複雑さである。

 結局、どちらにも一理あり、どちらかが一方的に正しいと言う結論は出しがたい。しかし、私は日本の文化を守りたいという立場から話を進めたいと思う。

 先日、テレビで八丈島の小学校の卒業式で女生徒が黄八丈に袴姿で出席した姿が放映されていた。(残念ながら私は見ていない。女房に聞いた話である。)卒業する女性とは三名だけだったが、皆島の特産品である黄八丈を着て袴を履いていた。

 視聴者は、この光景にどのような感慨を持ったことだろうか。

 日本の伝統、地元の特産品に誇りを持って卒業式に臨む姿は誰も否定する物ではなかっただろうと思う。子供の気持ちもさることながら、衣装を用意してくれた親御さん達の気持ちも伝わってくる。

 本場黄八丈と言えば、安価な織物ではない。金銭的な事には余り触れたくはないが、一式揃えるのに苦労されたかもしれない。しかし、そこには親御さんの子供に対する思い、また期待も感じられるのである。

 卒業式に参列していた在校生達はどう思っただろうか。言わずとそれは伝わってくる。

 さて、反対派の側から見てみよう。

 もしも、3人のうち1人が経済的に困難で、黄八丈の衣装を用意できなかったとしよう。果たしてその時どうなっただろう。

 結論的に想像すれば、私は決して「1人だけ洋服で」とはならなかっただろうと思う。その方法論は割愛するが、黄八丈を誇りに思う八丈島の人達がそれを見過ごすはずはないと思うからである。

「卒業する女生徒が3人という小さな卒業式だから」と言う見方もできるかもしれないが、これが自分たちの文化を誇りとする人達の縮図であると言える。自分達の文化に誇りを持つという姿勢があれば、小学生の袴論争も、もっと違った角度からなされるのではないだろうか。

 さて、問題はここで終わらない。

 卒業式を迎える小学生の親御さん達が、もしも全員(一人残らず)八丈島の人達と同じような気持ちで子供に日本の文化として着物と袴を揃えてやりたいと思ったとしても、更に別の問題が起きてくる。

 問題を起こすのは、当事者であり消費者である親御さん達ではなく、呉服業界である。

 全国の親御さん達が、子供に袴を履かせたいと思い、そしてそれが慣例化された時に一体何が起こるのか。昨今の呉服業界の所業を見れば容易に想像される。
 
 尤も卑近な例は振袖である。振袖が成人式の制服?として認知されてから振袖がどのように扱われているだろうか。

 元々成人式で振り袖を着るのは慣例化された物ではなかった。純粋に成人式で厳かに着物を着たいという人達が振り袖を着ていたが、次第にそれが全国に広まって、半ば義務化されたようになった。

 呉服業界にとって成人式での振り袖着用は千載一遇の商機である。このようにして振袖商戦が始まり次第にエスカレートしていった。

 着物を商う呉服屋が成人式の振袖を商うことは悪いことではない。むしろ成人式で振袖を着たいという人達に進んで振袖を提供し、またその歴史や意味を啓蒙すべき立場にある。

 しかしながら、振袖商戦を見るに付け、成人式は呉服屋が利益を得るためだけの手段として呉服業界が利用しているようにしか思えない。

 昨年は「はれのひ」事件があった。これは完全に犯罪であるが、同じような商法は茶飯事に行われている。このような「商売の逸脱」とも言える行為は別にしても、振袖の商法は、成人の人達に寄り添っているとは思えない事が度々である。

 もしも、小学生の卒業式での袴姿が一般的に認知され、広く行われるようになったとしたら、再び振袖のような商戦が繰り返されるのではと心配になる。

 小学校の卒業式で皆が袴を履くようになったならば、私も呉服屋として是非袴や着物を買っていただきたいと思う。しかし、過度な販促や奇を衒った商品開発などが行われないように願いたい。

 一番に尊重しなければならないのは着物を着る本人、すなわち卒業する子供たちが押し付けられるのではなく、自ら袴姿で卒業式を迎えたいと言う気持ちである。「袴姿でなければならない」「皆が袴を履くから」と言う理由であってはならない。

 そして、それを見守る人たちも本当に祝福する気持ちで接していただきたいと思う。

 日本人が心から日本の文化を理解し愛し、それを我が子にまた後世に伝えたいと言う心があれば、それを大切に受け止め、自然な形で着物を着る事ができるように願っている。

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