明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 44 呉服マクロ経済学

きもの春秋終論

 先日、問屋さんがやって来てお茶飲み話をした。昔は取引している問屋さんの数も多く、それぞれが月に一度商品を持って店にやってきていた。取引している問屋さんだけではなく、新規の問屋さんも時々やってきていた。新規の問屋さんは、「新規開拓」と言って新しい取引先を探していた。

 私も京都の問屋にいた時分は、随分新規開拓をさせられていた。全く取引のない呉服屋を尋ねて取引の交渉をする。当時は問屋が星の数ほどあり、新規で取引先を開拓するのは容易ではない。新規の問屋が次々とやってくる呉服屋の主人の中には、
「うちは、新規はお断りだよ。」
の一言で問屋を追い返す人もいた。

 私は山形に帰ってきて問屋を相手にする立場になった。私は新規の問屋さんであっても、時間が許せば一通り話を聞くことにしていた。取引問屋であれ新規の問屋であれ、彼らの話は得難い情報を含んでいる。

 問屋さんは全国を周っている、そして色々な小売屋やメーカーを周り、様々な情報を持っている。他の小売屋の状況も聞けるし、問屋の情勢も聞ける。染屋や織屋の情報も貴重である。今現在どのような商品が流通し、それはどこの問屋で扱っているのか等。それらはその後の商売を組み立てるのにとても有用である。

 しかし、最近は問屋の来店も少なくなった。取引している問屋でも毎月来るのはほんの少し。二カ月に一回、あるいは半年に一回と言った問屋もある。

 小売屋が在庫を持とうとせず商品を買い取らなくなったので、昔の様に商品を持ち込めば買ってもらえると言う具合には行かなくなった。
「何か注文はありませんか。」
とはいうものの、小売屋の主人と世間話をするばかりでは出張旅費にもならない。昔は京都の問屋も毎月来ていたが、今では毎月京都から来る問屋は皆無で、せいぜい数カ月に一度である。

 私も商売をしていて問屋の苦労はよく分かっている。
「そんなに頻繁に来なくても、買う時は買うし、払うものは払うから、安く卸してくれれば良いよ。」
と問屋さんに言っている。そして、時折やってくる問屋さんからは情報を得ようとするのだけれども、最近は余り良い情報は入らない。

 どこかの小売屋で巧い商売をしていないか。どこかのメーカーで売れる商品を創っていないか。どこの問屋がどんな商品を持っているか等々。そんなポジティブな情報は余り聞かれなくなり、ネガティブな情報ばかりが先行する。染屋機屋が閉めた話、問屋の倒産、商品の生産中止など。

 先日やってきた問屋さんは、商品の入ったボテ箱一つを持って来て商品を広げてくれたが、是と言う商品はなく触手が動かなかった。
「もっと商品を積んでないの。
と聞くと、
「いえ、たくさん積んでます。」
と言う。今時商品をたくさん積んでやって来る問屋は少ない。しかし、次の言葉には驚いた。
「小売屋さんから商品をたくさん預かっているんです。」
その問屋さんは、小売屋さんから預かった商品をたくさん積んで小売店を周っていた。事の次第は次の通りである。

 最近、商売をやめる小売屋(呉服屋)が多いと言う。商売をやめる、と言ってもいろんなケースがある。資金が回らなくなり商品代金を払えなくなる、いわゆる倒産も多い。

 一方で、経営者の高齢化で商売をやめる、後継者がいないので店を畳むケースも多い。経営者は若くても売り上げが不振で商売をやめるケースもある。この場合、店を畳む際資金が必要で、倒産には至らなくても苦労する場合が多い。しかし、小売屋の中には余裕をもって店を畳むケースもある。

 今回のケースは、その問屋さんは店を畳んだ小売屋さんの在庫処分を頼まれたと言う。小売屋は少なからず在庫を持っている。店を畳むからと言って、それらの在庫をすぐ現金化できる訳ではない。

 閉店セールをして抱えている在庫を安値で売って現金化する場合は多いけれども、在庫を全て処分できない。また余裕のある小売屋は閉店セールそのものが面倒でしないケースもあるかもしれない。どちらにしても閉店した後、在庫商品が手元に残る。

 その問屋さんに事情を聞くと、
「小売屋さんが商売をやめるので、在庫商品を預かって周っているんです。」
「その小売屋さん、借金はなかったんですか。そんなに在庫を持っているのでしたら借金も多いでしょう。」
「ええ、そこの主人は株で儲けて金には困っていないんです。商品が売れたら、その分を持って行くんです。小遣いにするんでしょう。」

 円満に店を閉めた小売屋には在庫が残る。商売をやめたのだから商品は残ったままになる。それで問屋に頼んで商品を処分してもらう、と言う構図である。

 在庫は安値で(仕入れた価格よりも安価に)問屋に貸して、いくらかでも現金化する。売れた分だけ現金を手にするわけである。
店を閉めるのに苦労している小売屋がある一方で、そう言った小売屋も結構あると言う。倒産にしろ閉店にしろ、小売屋が確実に減っている様に思える。

 一昔前、呉服の需要が減り続け問屋が次々に倒産して行った。その時は、私の店の問屋の住所録も次々と黒く塗りつぶされていった。

しかし、そんな状況でも小売屋の倒産、閉店はあまり聞かなかった。「少し小売屋が減れば良いのに」とも思っていたが、巷の呉服屋が商売を閉める話は聞こえてこなかった。しかし、最近になって呉服屋の閉店、倒産の話を聞くようになった。
「小売屋がもっと少なく成れば呉服の商売、もっと楽になるかな。」
と冗談を言った。もっとも、他の呉服屋が店を閉めたからと言って、その店の売上が私の店に周ってくると言う事はない。それは十分に経験している。問屋さんにそう言うと、
「いや、まだまだ呉服屋さんはありますよ。」
それに対して、私はまた冗談のつもりで言った。
「どうせならナショナルチェーンや大手が皆なくなれば業界もすっきりするんじゃないですか。」

 いくら他店の閉店が自店の売上に貢献しないと言っても、ナショナルチェーンや大手が無くなれば、大口の供給元がなくなり、さすがに既存の小売屋の売上も少しは上がるだろうとも思えるのだが、問屋の口から出た言葉は、
「産地が困るでしょうね。」
冗談の会話のつもりで言ったのだが、これは意味深で考えさせられるものがあった。

 一昨年の大手和装小売業者の和装売上は、1位204億円、2位113億円、3位86億円である。かつてはトップが500億円を超えていたことを考えると大きく衰退しているが、それでも1位は200億円を超えている。更に10位までを累計すると877億円にもなる。20位まで累計すれば、1,236億円である。

 呉服業界全体の売上は、3,000億円を切ったと言われている。仮に2,800億円としても20位までの呉服屋で44%を売っている事になる。2,500億円を切ったとすると50%、すなわち半分が大手呉服屋20件で売っていることになる。

  大手に限らず、呉服店の閉店によって業界の売上の50%が失われたとしたらどういう事になるのだろう。問屋さんの言う、
「産地が困るでしょうね。」
は意味深である。
呉服店の閉店によって失われた50%の売上が、そのまま既存店の売上に上乗せなるのであれば問題はない。むしろ、頑張って生き残りを図った小売店の努力が報われたと考えられるかもしれない。

 しかし、現実にはそうは行かないのがこの業界である。街に三軒あった魚屋さんが二軒に減るのとはわけが違うのである。
私の店のような零細呉服屋から見れば、大手呉服屋の閉店は、
「ああ、あの店も閉めたのか。」
位にしか感じない。しかし、業界全体、もっと大きな(マクロな)目で見れば、50%の売上の減は大激震を引き起こす。

 50%売上減は、市場の製品が、それまでの半分で良い事を意味する。すなわちメーカーが創る製品はそれまでの半分しか売れなくなる。生産規模を半分にせざるを得なくなるのである。

 商品が現在回っている半分の量になっても我々零細呉服屋はまだまだ生きる道があるかもしれない。しかし、メーカーの立場に立てば、どのくらいのメーカーが生き残れるのだろう。それはメーカーの性格にもよるけれども、ナショナルチェーンに頼り切っているメーカーもある。

 特定のナショナルチェーン用の商品を創っているメーカーは直撃される。それに頼り切っているメーカーであれば即連鎖倒産するかもしれない。 どのメーカーも生産を平均50%減らすことを余儀なくされる。平均50%と言っても、メーカーによっては80%のところもあるだろうし、20%で済むところもあるだろう。

 普通の会社であれば80%減では持ちこたえられないだろう。それでも経費を削減し、リストラを行い必死の努力で生き残るメーカーも少なくないかもしれない。

 しかし、こと零細企業にとっては間違いなく廃業に追い込まれる。一人あるいは家族でやっている織屋であれば、経費の削減をする術もなく50%の売上減は廃業に繋がるだろう。

 生産の半減は、業界を淘汰して、落ち着くところに落ち着くと言う考えもあるかもしれない。残った半分の需要を半分のメーカーで支えていくと言う具合に。

 10軒の魚屋がある街の人口が半分になってしまえば、5軒の魚屋が閉店し、残った5軒の魚屋が今まで通りに商いをする事ができるかもしれない。しかし、現在の呉服業界では、そうは行かなくなっている。

 2兆円あった呉服業界の規模が1兆円に縮小した時、1兆円の売り上げを失いながらも業界を維持してきた。更に5千億円に縮小した時も崩壊する事もなく呉服業界は存在し続けた。私のような零細呉服屋でも、規模の縮小、経費の節減等で売上が減っても商いを続けて来た。しかし、これ以上業界が縮めばどのような事になるのか。

 売上の半減が押しなべて業界の全てに課すことができるのであれば、単に業界の縮小に留まるかもしれない。しかし、一口に呉服業界と言っても、様々な職種、生業がある。着物の生産過程を見ても、養蚕、製糸、製織、精錬、染織その他多くの人達がそれぞれの職種で関わっている。

 例えば、手織りの帯を織る場合、織機が必要である。そのメンテナンスも必要だし、横糸を通す杼が必要である。この杼を造る人がいなくなっていると言う話を聞いたことがある。売っている店は一軒しかないとも。

 帯の生産量は昔に比べて激減だけれども、織機の自動化も進み、杼を飛ばして織る手織りはそれ以上に少なくなっている。仮に、杼を造る店が一軒しかなかったとすると、生産の半減は、その店にどのように影響するだろう。コツコツと家族で杼を造っているのであれば、リストラや経費節減と言う選択肢もなく、間違いなく廃業に追い込まれるだろう。

 私の店で扱っている男物の胴裏に使う上質の正花は、メーカーでは20,000反がロットだと言う。綿生地問屋は一色20,000反発注しなければメーカーでは採算がとれない。5色であれば100,000反、10色であれば、200,000反である。さて、10色そろえた場合(実際にカタログには10色ある。)、全部売れるのにどのくらいかかるだろうか。

 かつて男性も多くの人が着物を着ていた時代には、飛ぶように売れたかもしれない。その時には、色が切れる前に20,000反を発注していただろう。しかし、今はそんなに売れはしない。15年位前に問屋に聞いたところ、
「売れる色でも年間2,500反位ですね。」
と言っていた。15年前に比べれば、現在の需要は五分の一程度かもしれない。五分の一であれば、年間500反余り。20,000反を売りさばくには40年掛かる計算になる。

 現在、そのメーカーそしてその問屋がどのような生産体制、在庫管理をしているかは分からない。注文すれば、まだ商品を送って来るので、何らかの形で生産は続けているのか、あるいは在庫を売り続けているのだろう。しかし、大手の小売屋が次々と倒産、廃業して需要が半分になればとても続けてはいけないだろう。最悪の場合、正花の胴裏は市場から消える事になる。

 市場が大きければ、規模の縮小は淘汰の範囲内で収束する。規模が小さくなったとはいえ、業界の健全性は保たれる。しかし、極端に小さく萎んだ呉服業界では、それ以上の規模縮小が起こった場合、きもの(きもの文化)を構成する要素が一つ、また一つと脱落して行く。

 それは、もう十年も前からその兆候が見え始めていた。
「色物羽二重は、別染しかやりませんので疋単位になります。」
従来雨コートの裏地に使っていた色物羽二重が入らなくなる事を意味している。

 半衿を扱っている問屋が、
「麻の半襟は、入らないのでやめました。」
他の仕入れ先を何とか探して事なきを得たが、麻襦袢の半襟が無くなってしまうところだった。今でも仕入れし難いけれど。
「メリンスの襦袢は、もうこれだけです。」
そういって見せてくれたカタログの八割は×(廃版)が付けてあった。
男物の羽二重地が無くなってしまう事は、「きもの春秋終論 Ⅳ-37.またまた呉服業界の危機」で書いた通りである。

 呉服業界は、これ以上縮小すれば、空中分解する危機をはらんでいる。今3,000億円弱と言われる業界規模が2,000億円、1,000億円と縮小すれば業界は成り立たない。成り立つとしたならば、これまでのような呉服環境とはまるで違ったものになるだろう。

 着物の種類は極限られ、誂えなどはなく全てプレタの着物になるかもしれない。多くの選択肢を求める消費者の要望には応えられず、仕立替えもできなくなるかもしれない。これまでの着物の環境とは違い、極限られた人の極限られた着物だけになってしまう。

 私の店では、幸い未だ昔ながらに呉服の商いを続けている。お客様の要望も事細かに聞いて商いをしている。しかし、業界が縮小してしまえばそれも続けられなくなり、好むと好まざるとにかかわらず商いの幅は縮小して行く。

 呉服業界を俯瞰して見れば、
「他の呉服屋が店を閉めても、うちは大丈夫。」
とか、
「呉服屋が減れば、うちの店はその分客が増えだろう。」
などとは行っていられない。

 かつては、呉服屋が一軒や二軒、いや数十軒店を閉めようとも、着物文化に係りはなかった。しかし、現在呉服屋の倒産は一歩一歩着物文化を崩壊に導いていることを意味している。

 私は、ナショナルチェーンをはじめとして大手の呉服屋には違和感、と言うよりも嫌悪感を持っていた。その販売方法や商品、価格など、その思いは今も変わらないが、さて大手の呉服屋が無くなれば、業界の川上は乾いてしまって私達川下に水(商品)が流れてこなくなるとすると・・・。

 どうすればよいのか、私には分からない。このジレンマは、私の背中に重くのしかかってきている。

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