明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 13.成人式と振袖業界

きもの春秋終論

 最近の成人式は何かとニュースを賑わす。

 数年前までは「荒れる成人式」として暴走族まがいの新成人が酒を飲んで暴れたり、式場で騒いで退場させられる新成人がいたり、と新成人本人の資質が問われるような話題がニュースを賑わしていた。

 また、近年はファッションショーや仮装行列かと思わせるようないでたちの新成人が話題になっていた。こちらは、呉服屋から見ると、まるで伝統から逸脱した振袖や紋付など、これも現代若者の文化なのかと考えさせられた。

 そして、今年真っ先にニュースを賑わしたのは、振袖の販売、レンタル業者である「はれのひ(株)」の夜逃げ事件だった。一生に一度の成人式を楽しみにしていた人達にとっては悲劇としか言いようがない。

 今年の成人式の話題は、新成人達本人ではなく、それを支えるべき旧成人の話題になってしまった。事件は故意的な詐欺によるものなのか、あるいは経営破綻の結果なのかは分からないが、今回の出来事は起こるべくして起こった事件の様に思える。

 振袖は和服の中でも目立つ着物である。目立つと言うのは、振袖は着物の中でも最も豪華で華やかな着物である。価格も物にも寄るが、袋帯や襦袢などを合わせれば一般に高価でもある。そういう意味では、和服の華と言えるかもしれない。

 成人式が近づいてくると、私はお客様に次のような事をよく言われる。
「成人式が近いので、お忙しいでしょう。」

 ほとんどの新成人女性が振袖を着ている成人式を見ると、
「さぞ呉服屋さんは振袖を売るのに忙しいのでしょう。」
と思われるらしいのだが、私の店ではそのような言葉通りの忙しさはない。

 一つには、新成人達は成人式が近いからと言って振袖を誂えるわけではない。振袖を誂える時期は人により様々である。強いて言うならば、最近は進学や就職で地元を離れている人が多いので、春休みや夏休みに親子で振袖を見に来る人もいるが、それも時期が決まってはいない。

 もう一つの理由としては、振袖を誂える人は少ない。

 成人式の振袖を着ている新成人達を見ると、
「あんなに沢山の振袖姿・・・。」
と思われるかもしれないが、実は最近レンタルが多い。今回の事件でも「レンタルした振袖が届かなかった。」と言う人が沢山いた。昔はレンタルで成人式に臨む人はいなかったと思うけれども、最近はレンタルが多数、いや主流になっているようだ。

 とは言え、それでも平成18年山形県の成人式対象者は1万1141人。その内女性は5501人である。成人式に出席しない人もいるので八掛と考えても、女性全員が振袖を着れば、5501×0.8=4400人分の振袖が必要となる。レンタルを選ぶ女性は5~7割という話もある。中には母親の振袖を着る人もいるので、実際に振袖を誂えるのは3割以下かもしれない。

 仮に3割としても山形では1320着の振袖が販売されていることになる。私の店ではレンタルはしていないので、この1320着が対象になるのだけれども、私の店では年間の振袖販売は数着である。呉服屋の振袖販売量としては非常に少ないと思われるかもしれないし、
「おたくの店では振袖はもっと売れるでしょう」
と言う問屋さんもいる。しかし、振袖の販売は、私の感覚からすると呉服業界とは違った別の業界が販売しているように思える。

 年頃の娘さんがいらっしゃる方であれば経験する事だが、成人式の数年前から振袖のDMが山の様に送られてくる。中にはビデオテープのカタログが同封されるDMもあると言う。それらのDMを送るのは、振袖を専門に、あるいは振袖に力を入れている呉服屋である。そう言った呉服屋さんが販売する振袖が成人式で着られる振袖の大半を占めている。

 派手なDMを送らない私のような店は「(振袖を売る)やる気のない店」と思われるかもしれない。実際に私はお客様からお叱りを受けたことがある。
「娘の成人式が近いのに、結城屋さんから振袖の案内が来ると思っていたのに、来るのは他のお店ばかり。豪華なDMやビデオテープまで入ったDMが山ほど届くんです。」

 その後、振袖をお目にかけて仕立てて、とても喜んでいただいた。

 実際に届いたDMを見せていただいたけれども、とても私の店では真似ができるよう代物ではない。大量に印刷するのだろうけれども、「一冊いくら掛かるのだろう」と思われるものばかりだった。モデルの撮影だけでも相当掛かるだろ。私のような小さな店で創れるものではなかった。

 問屋の中には、振袖専門のDMを創って呉服屋に販売しているところもある。しかし、それでは他の店との差別化は成り立たないし、扱う振袖も特定の問屋に限られてしまう。そして、そのような振袖は私の店では扱わない物ばかりである。

 未成人に対する振袖販売アプローチはDMばかりではない。その筋の話によると、振袖を売り込む対象者は幼稚園、店によっては生まれた時からマークしていると言う。女子の新生児をマークして七五三、幼稚園入園まで把握して成人式の振袖販売に結びつけていると言う。

 成人式が近づいてくると電話による勧誘も頻繁に来るようになるらしい。同じ店から何度も電話がくる。何軒もの振袖業者から電話が来て、「毎日のように」と言っていたお客様もいた。

 振袖業者による売り込みのマーケティング、販売努力は商売人とすれば尊敬すべきものである。しかし、我々のような零細の呉服屋ではとてもついて行けない。

 今回の事件で、2年後の成人式の振袖予約をして現金を支払っていた人も多数いたと言う。2年後に着る振袖が残っているのか、同じ振袖を今年も着る予定だったとすると、その振袖はどうなるのか。

 振袖業者は、とにかく他の振袖業者よりも早く確約を採ることを目指している。成人式の振袖は、購入するにしてもレンタルするにしても二着はいらない。先に客を確保した方が勝ちである。電話で勧誘を受けたお客様に聞いてみると、
「早く決めて頂かないと、当日の着付けは良い時間が採れません。是非早く決めてください。」
と再三言われると言う。

 売り込みのアプローチは段々早くなり、確約も一年前、二年前と早くなっている。

「早く決めて頂かないと・・・」
と言うのは、殺し文句の売り口上なのだろう。

 着物の中で振袖は特殊である。振袖は若い(未婚)女性の第一礼装として着られる。結婚式や正月にも着たりするけれども、多くの女性が成人式に同時に着る。逆に言えば、振袖を着る日(必要な日)が特定されるのである。

 商売は、消費者の需要に応じて行われる。消費者が必要な物を必要な時に供給するのが商売である。お客様が何時どんな着物を着るのかは通常不特定である。あるお客様の親族の結婚式がいつあるのか、友人の結婚式がいつあるのかは他人にはわからない。お茶を始めようと思っているのか、友人と着物を着て女子会を何時するのか、呉服屋は分からない。いつ何時着物が必要になってもそれに応えられるようにしているのが呉服屋である。

 振袖を売る店が呉服屋から振袖屋に変わった原因はその辺にあると思う。

 ほとんどの女性が、誂え仕立て、レンタルを問わず成人式で振袖を着る。そして、その振袖を着る日は特定されている。さらに、振袖は一式揃えればそこそこの金額になる。金額の張る商品は逆に値引きをして(安価に)消費者の目を眩ますのに都合の良い商品である。しかして振袖を売り込むパターンが築かれていく。

 できるだけ早くターゲットとなるお客様を掴んで営業を掛ける。成人式が近づけば、DMを送り何度も電話で勧誘する。同じターゲットとなるお客様に複数の振袖業者が同時に売り込み合戦をすることになるので、あの手この手の売り込み合戦になる。

 上述したように「早く決めて頂かないと、当日の着付けは良い時間が採れません。是非早く決めてください。」と言うのもいち早くお客様を確保しようとする手段である。そして、他の業者よりも早くお客様を囲い込むために、一年前の予約、二年前の予約と言う事になるのだろう。

 これらの努力は商売としては当たり前のことで、真面目に振袖の商売をしている呉服屋も沢山ある。しかし、売り込みがマニュアル化された振袖市場には呉服屋とは違った業者が参入してくる。

 呉服の商売は実に難しい。呉服だけではなく専門的に商品を扱う商売は、宝石であれ、魚であれ、お茶であれ必要な知識を得るには並大抵ではない。しかし、マニュアル化された振袖業者の商売は、呉服を扱った事のない人でもマニュアルに従って営業現場に立たされる。そう言った意味で、振袖を売るのは、我々呉服屋ではなく振袖業界になってしまっている。

 これも時代の流れなのだろう。成人式の振袖を見ると、花魁かと思わせるような振袖から、ミニスカートのような振袖、チャンピオンベルトのような帯締めなど、呉服屋の目から見れば、まるでよその業界の商品である。とは言え、今振袖は振袖業界が主流である。私のような店は化石のような店かもしれない。

 しかし、その化石のような店に本来の振袖を求めてやってくる人は少ないながらいらっしゃる。そういう人達の為にも、振袖を扱い売り続けなければならないと思う。

 消費者にお願いしたいのは、自分の目で振袖を選ぶことである。
「早く決めて頂かないと、・・・」
の言葉に惑わされず、
「〇〇点セットで〇〇円ですよ。」
に振り回されずに良い振袖を選んでいただきたい。そうすればこの度の「はれのひ」のような悲劇は避けられるものと思う。

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