明治00年創業 呉服と小物の店 特選呉服 結城屋

全日本きもの研究会 きもの春秋終論

Ⅵ.きものつれづれ 32.江戸小紋

きもの春秋終論

 江戸小紋は、着物のアイテムの中でも比較的ポピュラーである。着物が好きな人であれば一枚は持っているかもしれない。「小紋」とは言いながら、色無地と同じように紋を入れて準礼装として着る事ができる。色無地よりもちょっとおしゃれで、帯を替えればフォーマル、カジュアル、結構幅広く着る事ができます。

 私の店でも昔から数えきれないほど江戸小紋を仕立てています。しかし、着物の需要の減少と共に昔ほど頻繁に仕立てる事はなくなってしまいました。自然、私の店でも昔に比べれば扱う反数が少なくなっています。

 先日、江戸小紋の染屋さんが来て、改めて江戸小紋を扱ってほしいと言う事で、この度送ってもらった。江戸小紋と言っても、本型染の江戸小紋である。

 江戸小紋は非常に細かい柄が染めてあるが、元々武士が登城する際に身に付けた裃の柄を着物にしたものである。江戸小紋で最も一般的である鮫小紋も裃の柄である。

 江戸時代の有力藩には、それぞれ留め柄と言われる藩独自の裃柄があった。鮫柄は紀州徳川家の柄で、他の藩は用いる事ができなかった。

 因みに、徳川将軍家は御召十、島津家は大小霰、前田家は菊菱、細川家は梅鉢、鍋島家は胡麻を定小紋としていた。

 江戸小紋柄のうち「鮫」「行儀」「通し」の三柄は小紋三役と呼ばれている。いずれも錐彫りの細かい点が並んだ柄で、遠目には色無地の様にも見えるが、色無地とは違った味がある。色無地の様で色無地ではなく、ボカシの様でボカシではない江戸小紋独特の味である。

 江戸小紋は伊勢型紙を使って染められる。地紙は、美濃和紙を三枚、縦横縦と柿渋で張り合わせた強靭な紙を使う。型職人が細い錐を使って柄を彫って行く。型職人は非常に熟練を要する仕事である。

 また、型を使って柄を付ける染職人も高度な技術を要する。短いものでは一尺もない型を何十回も繋いで染めて行く。僅かでもズレれば柄に横線が入ってしまう。型を使った友禅は他にもあるが、型染職人100人の内、江戸小紋を染められるようになるのは僅か2~3人だと言う。

 江戸小紋は制作にとても手間の掛かる染物である。

 さて、現在の江戸小紋と言えば捺染のものが多い。捺染とは捺染機を用いるプリントである。型染のように一型一型手で染めて行くのではなく、捺染機でプリントするので遥かに安価に上がる。そして「きれい」に仕上がる。

 しかし、この「きれい」と言うのが曲者である。「きれい」が人間の目に必ずしも「美しい」と映るとは限らない。

 型染の江戸小紋と比べれば一目瞭然である。型職人によって彫られた型を使い、染職人によって染められた江戸小紋は比べ物にならないほど温かみがある。

 私もここしばらく捺染の江戸小紋を見る機会が多く、改めて型物の江戸小紋を見るとホッとする思いである。

 江戸小紋については、以前「きもの博物館.57」でも取り上げているので今更でもないのだけれども、最近の江戸小紋を見ていると呉服業界の趨勢がうかがわれる。

 先に「最近は捺染の江戸小紋が多い」と書いたけれども、最近の消費者の中で型染と捺染の区別がつく人はどれだけいるのだろうか。と言うよりも、型染、捺染と言う違った染め方があると理解している人はどれだけいるのだろうか。

 型染と捺染を知らない、区別がつかない消費者が多いとしたら、それは消費者自身の責任?ではない。それが証拠に、私の店にいらしたお客様に型染、捺染両方の江戸小紋をお目に掛ければ、ほとんどの人は型染が良いと答える。型染の暖かさは誰にでもその良さを訴えるのである。

 もともと捺染などなかった時代は、江戸小紋と言えば全て型染だった。熟練の職人が丹精込めて染めた江戸小紋ばかりだっただろう。もっともその時分は人件費も安く、価格も今ほど高価ではなかっただろう。そうは言っても、そう安い物でもなかったかもしれない。それ故に、職人が染めた江戸小紋は大切に扱われ、代々着られただろう。

 私が来ている万筋の単衣は、私の祖母が着ていたものを仕立て替えして父が着ていた。そしてそのまま私が着ている。

 しかし、今日捺染の江戸小紋が多く出回っている。価格は型染の五分の一、又は物によってはもっと安い物もある。

 捺染と言う技術によって江戸小紋が安く生産されることとなった。これは悪い事ではない。むしろ広く消費者に江戸小紋を普及させると言う意味では歓迎すべきことである。

 しかし、問題は型染、捺染と言う染物が消費者に正しく理解され、着物を普及する為になっているのかどうかである。

「今は捺染の江戸小紋しか買えないけれども、何時か本物の型染の江戸小紋を着て見たい。」と言うような声が聞こえればよいのだけれども、そのような声は聞こえてこない。そして、その責任は消費者ではなく呉服業界にある。

 江戸小紋を求めようとしている消費者にどれだけ真実を説明しているだろうか。江戸小紋を始めて見る消費者には、型染も捺染も分からない。ただ「これは素晴らしい染物です。」の説明だけで真実を伝えないケースが多いように思える。

 中には耳のない捺染の江戸小紋にわざわざ耳を付けて「これは耳があるので型染の江戸小紋です。」と詐欺まがいの商法も横行している。

 江戸小紋に限らず、呉服業界が衰退し、業界の信用が損なわれているのはこう言った業界の姿勢ではなかろうか。

 初心者や枚数が欲しい消費者に対しては安価な捺染の江戸小紋を紹介し、その上で型染の江戸小紋のすばらしさも同時に伝えるような姿勢が求められるのではないだろうか。

 今、染屋から送られてきた江戸小紋を一反一反見ながら、つくづくそう思う。

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